朱い橋を渡った先には、和風の料理店がひっそりと立っていた。


 老舗の温泉旅館を思わせる、少し高級感がある、落ち着いた雰囲気の店だ。

 一番目立つ場所に、木製の看板がかかっている。


『白露庵』


「しろ……しらつゆ? あん? 料理屋か?」


 和田は目を丸くして、口をあんぐりと開き、もう一度看板を眺める。

 こんな場所に料理店なんて作っても、客などこないだろう。

 おかしいと思って何度も読み返すけれど、店の表には、確かにそんな看板がかかっている。

 それに店に近づくにつれ、何かいい香りが漂ってくる。


 食欲をそそる香りに、腹がぐうと悲鳴をあげた。

 和田は思い出した。そういえば、自分はとても腹が減っていたのだ。

 しかしこんなあやしい場所で、いったいどんな変わり者がどんな料理をおいているのだろう。

 もしかして注文の多い料理店のように、化け物に食べられてしまうのではあるまいか。


 とはいえ、和田は意外と迷いなく扉を開けた。

 とにかく腹が減っていた。このままでは腹と背中がくっついてしまうかもしれない。

 どんなものでもいいから食べたかったし、こんなにいい匂いがするならきっとうまいものがあるに違いない。

 それに不気味で薄暗い竹林を抜け、明かりの灯ったこの店を見つけたことで、精神的にも救われたのだ。

 格調高さを感じるし、もしかしたら高級店なのかもしれない。しかし多少値が張っても構わない。


 何しろ腹が減っているのだ。空腹はたいていの欲求に勝る。