和田は自然と早足になる。

 全身にじっとりと汗が滲み、肌に張り付いたYシャツが気持ち悪い。

 どこに向かえばいいのか分からないが、竹林の道は一方通行だ。前へ進む他ない。

 歩いている間も、ずっとチリン、チリンという音は和田をつきまとい、鳴り止まない。


 どうしよう、何なんだこの音は。

 幽霊やお化けといった類いの話が苦手な和田は泣き出しそうだったし、耳を塞いでしまいたかった。


 四十をすぎたおっさんが幽霊に怯えるなんて情けないと言われようが、怖いものは怖かった。


 そうだ、携帯を使おう!

 なぜこんな簡単なことに気付かなかったのか。

 警察でもレスキュー隊でも、この際和田の隣の席の敬語がちっとも使えない新入社員(挨拶はいつもちょりーっすである)でもいいから、とりあえず誰かと話したい。


 そう思ってポケットに突っ込んでいた携帯を取り出すが、圏外になっていて電話をかけることが出来ない。

ここが駅前であれば、携帯電話が圏外になるということはまずありえない。


 じゃあここはどこなんだよ。

 理不尽な状況にもはや怒りすら感じながら歩き続けると、竹しかなかった道を抜け、さっきまでとは違う光景が現れた。



 道の先に、朱塗りの立派な橋がかかっていた。

 橋の下にはさらさらと川が流れている。


 その橋を越えたさらに先には、明かりが見える。

 建物がある。

 よかった、誰か人がいるんだ。

 和田はほっとして、朱塗りの橋を駆け抜け、明かりのある場所に向かって走り出す。

 こんな風に全力で走ったのなんて、いつ以来だろう。

 きっと道に迷ったヘンゼルとグレーテルがお菓子の家を見つけた時、こんな心境だったのだろう。


 たとえその先に待ち構えていたのが恐ろしい魔女であったとしても、誰が進むのを止めることが出来るだろうか。