ついさっきまで確かに最寄りの駅前にいて、牛丼ではないうまいものを食べようと考えていた。

 それなのになぜか今、竹林の道にいる。

 理屈はさっぱりだが、大変なことに巻き込まれてしまったのではと考える。


 どんな道の迷い方をしたら、こんな場所にたどりつけるのか。

 何しろどうやってここに来たのか分からないので、どうやったら帰れるのかも分からない。

 白昼夢というには、あまりにも現実的すぎる。

 周囲を見渡しても、背の高い竹しか見えず、はるか頭上にぼんやりと和田を照らす月が見えるだけだ。


 その時、どこかからチリン……と音がして、和田は顔を歪める。


 ――鈴の音。


 全身の肌がぞわっと粟立つ。


 神経を集中させて、耳をそばだてる。

 気のせいか? そう考えたところで。

 またチリン、チリンと鈴の音が鳴る。


「だ、誰かいるのか?」


 きょろきょろしながら弱々しい声で問いかけるが、返事はない。

 実際、人の気配はないのだ。

 しかし、音だけは確かに聞こえる。

 まるで和田のすぐ側に、目には見えない誰かが立って鈴を鳴らしているように。


 ――チリン、チリン。

 鈴の音は止まない。


 ……しかも、さっきより音が近づいているような。


 これはよくない。直感的にそう思った。

 だって誰もいない竹林の中で鈴の音なんて、妖怪でも出て来そうじゃないか。