和田は苦笑いして、それからこくりと頷いた。
「愛の力だけですべてを乗り越えるのが難しいのは、身に染みて分かっています。それでも残念ながら、変えられませんでした。それは私が、変わって欲しくないと願ったからです」
和田は自分の胸にそっと手を当てる。
確かに、思っていた結果とは違った。
しかし今の和田はとても幸せな気分だった。身体中があたたかいもので満たされて、ぽかぽかしている。
「久しぶりに、ずっと忘れていた大切なことを思い出せた気がします。妻にも、あんな風に心から私のことを愛してくれていた時代があったんだって、思い出せたから。その思い出を糧に、もう十年……いや、もう五・六年は、頑張っていけそうです」
和田は人のいい笑みを浮かべ、二人に礼を言って白露庵を出た。
来た時と同じように、朱い橋を越えて竹林の道を歩く。
大きな朱い橋の上を歩きながら、和田は考える。
不思議な経験をした。
まるで狐につままれたような気分だ。
あの店で起こった出来事は、本当に現実だったのだろうか?
竹林の先にあった店も、美しすぎる店長と表情が豊かな女子高生も、全部夢だと言われたほうがしっくりくる。
そうだ、そういえば白露の店で料理を食べた料金を払っていない。
はっとして和田は後ろを振り返ったが、その瞬間に目の前が真っ白になって、そのままぷつりと意識が途絶えた。