園子は少し迷ったように立ち止まり、それからレストランの階段にそっと腰掛ける。

 両手にふっと息を吐きかけ、震えながらまた空を見上げた。

 それから鞄に仕舞っていた携帯電話を取りだし、何度か電話をかける様子を見せる。携帯は家に置いてきたが、相手はもちろん自分だろう。

 園子の姿はあまりにも心細く、気の毒だった。


和田は心臓が張り裂けそうな思いを抱えながら、隠れて彼女を見つめていた。

 今すぐに飛び出して行って、彼女に謝りたい。

 けれどそれでは何のために、ここに戻ってきたのか分からない。

結婚してから、彼女にずいぶんひどいことを言われた。

 自分への愛情をちっとも感じないし、彼女にとって都合のいいだけの存在なのだと、毎日後悔していた。

 それは到底笑って許せるようなものではない。けれど――。 


 迷っている和田に、真剣な表情の愛梨が訴える。


「和田さん、本当にこれでいいんですか?」

「分からない……分からなくなりました」

「忘れているだけで、いい思い出だってたくさんあったんじゃないですか!?」


 和田は小さな目をしょぼしょぼさせながら、じっと足元を見つめる。


「もちろん、楽しい思い出だってたくさんあります。だけど、私は結局後悔しているんです。彼女が優しいのは、最初の数年だけでした。何年もたつと、彼女は私への愛情なんて、まったくなくなってしまったようです」

「本当に、そう言い切れますか? 本当に全部、なかったことにしてもいいんですか? このままだと園子さんの中からも、和田さんの中からも、二人の思い出は全部消えちゃうんですよ!?」

「このまま園子のところに行ったんじゃ、同じ結果になってしまいます。私は現在のような惨めな思いをしないために、ここに来たんです。だから……」