白いブラウスが似合う二十代の園子は、まるで女優かアイドルのようだった。

 彼女の吐いた白い息さえも、彼女を輝かせる演出のようだ。

 園子は妖精のようなやわらかい微笑みを和田に向ける。

 こんな風に、妻が自分に対して優しく笑ってくれたのを最後に見たのはいつだろう。

 ……もう思い出せない。少なくともここ十年くらいは見ていない気がする。

 死にたくなってきた。


「哲夫さん、ごめんなさい、待たせてしまいましたか?」

「いいえ、まったく。全然待っていません! 今の園子さんになら、ずっと待たされても大丈夫です!」


 そう答えると、園子は可愛らしく笑う。


「そうですか、よかった。今日はどこに行くんですか?」

「えっと……とりあえず、ボートに乗りましょうか」


 別にボートに乗る気分でもなかったが、二十年前の今日、公園にデートに来た時は、たしか公園の池にあるボートに二人で乗ったのだ。

 なんとなく、記憶と違いすぎる行動を取らないほうがいいような気がした。


 ということで和田はボートの受付に立っている老人に声をかけ、大人の券を二枚購入した。

 この寒い季節、ボートに乗っているのは和田と園子の二人だけだった。

 冷たい風が吹き付ける中、湖に浮かんだボートに乗るとどんな気分か。


 ……凍り付きそうだ。背中がぞわぞわする。

 園子も寒さに耐えるように、羽織っていたコートのボタンを合わせる。

 どうしてお前はボートに乗ろうと思ったのだ。

 和田は二十年前の自分の襟首をつかんで、正座させて説教してやりたい気分だった。

 夏ならまだしも、こんなに寒い日にボートに乗るなど正気だと思えない。おそらく当時の自分は、デートなら取りあえずボートだと思い込んでいたのだろう。柔軟性のない男だ。

 それでも園子は文句一つ言わず、にこにこと笑って向かいに座ってくれている。

 なんて優しいのだろう。天使か。

 きっとこの時の自分に、「今目の前に座っているこの女性は二十年後、セイウチになってお前を地獄に叩き落とすぞ」と忠告しても、まず信じないだろう。

 実際和田だって信じられない。