勢いのまま飛び出して、和田は庭に止めていた自転車にまたがり、がむしゃらにペダルを回した。

 こういう時は盗んだバイクで走りだすのが適切かもしれないが、残念ながらバイクを盗む度胸も単車の免許もなかった。



 くたびれたスーツ姿のまま、夜の街をふらふらと自転車で走る。季節は九月の半ば、もう夏とは言えないだろう。


 昼間はまだまだ暑いが、夜の十時を過ぎたこの時間だと、さすがに少し肌寒く感じる。

 和田は自転車をこぎながら、ぼんやりと考えた。

 自分は今まで、何のために一生懸命働いていたのか。



 セイウチと和田が出会ったのは、二人が大学二年生の時だった。

 彼女に一目惚れした和田は、口下手ながらも誠実さをアピールし、なんとか交際を始めることに成功した。



 今はセイウチそのものだが、学生の頃は一目惚れしてしまうくらいには可愛らしかったのだ。

 それから二人の交際は順調に続き、無事大学を卒業する。

 和田が就活をしていた時期はバブルが崩壊した直後、見事な就活氷河期だった。

 それでもなんとか頑張って、多くの会社からお祈りされつつ、それなりの企業から採用を貰えた。


 決して大企業でもないし、出世街道を駆け上がることもなかったが、就職してちょうど一年がたった頃、和田は彼女にプロポーズし、結婚が決まった。


 それから今まで二十年間、たった一人の家族――つまりセイウチだが、のために必死に働いてきた。