□



 そして愛梨は高校生になり、駅前でその男の姿を見つけた。

 愛梨は他の人間には存在を気付かれていない、自分だけが見える彼の姿を、懐かしいと思う。


 そうだ。

 私、は。

 あの時から、ずっと誰かに、いつも見守られていた。


 ――誰に?


「私、あなたとどこかで会ったことがありますか?」


 いつだっただろう。確かに昔、こんな風に見つめられたことがあったのに。 

 必死に記憶を辿ると、奥底に眠っていた鍵の掛けられた扉が、軋む音を立てて開いた気がした。


「あなたの名前を、教えてください」


 男は長い睫毛を伏せ、笑いながら言った。


「私は白露です」

「……白露さん」


 男は柔らかく微笑み、小さく呟いた。


「私のことが見えますか。狐花送りが、近いからでしょうか」

「白露さんっ!」


 名前を呼ぶと、瞳から涙が零れた。


 そうだ、白露さんが。

 柔らかな眼差しが、金色の瞳が。白露さんが、ずっと私を見守ってくれていたんだ。

 彼と何があったのかは、やっぱり思い出すことは出来なかった。


 それでもここで彼を見失ったら、もう二度と会えないという確信があった。

 愛梨は彼の着物の袖をつかみ、唇を動かす。

 はくはくと、音にならない空気だけがこぼれる。


 声が出ない。

 伝えたいことはいくらでもあるのに、言葉にならない。


 そんな愛梨を見て、白露は目を細めた。


「ここで会ったのも何かの縁。私の店で働いてみますか?」