祭りが終わってやがて祭り囃子が聞こえなくなり、周囲が静まりかえって何の音も聞こえなくなっても、愛梨は山を眺めていた。



 その時、長い髪の毛が夜風に揺れて、さらりと靡くのを感じた。

 すぐ近くに誰かのいる気配がして、愛梨は窓から身を乗り出す。



 ――今、誰かが。



 自分の名前を呼んだような気がしたけれど、いくら目を凝らしても、いくら耳をすませても、誰もいない。

 それでも愛梨は返事をしようとした。


『――さん』


 すぐ喉元まで、誰かの名前が出て来たのに、言葉にはならなかった。




 やがて夏が終わり、季節が何度か巡った後、愛梨は鎌倉から親の転勤で色々な場所に引っ越した。

 そして何か大切なことを忘れてしまったということさえ、彼女の記憶からはすっかり消え去ってしまった。