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 ――部屋の外から、祭り囃子が聞こえる。

 和太鼓と笛、それに鉦が軽快なリズムを奏でている。

 布団の中で目を覚ました愛梨は、薄く目を開いてぼんやりと部屋の天井を眺める。

 今年もお祭りにはいけなかったな。狐花送り、楽しみにしてたのに。


 青龍と白露に助けられたあの日の夜中。


 愛梨は気が付くと、意識を失って崖の下で倒れていた。さらにその近くにはみさきと、二人の男も気絶していた。

 愛梨もみさきも、幸いケガはなかった。


 特に愛梨は崖から転落したにも関わらず、かすり傷一つない。捜索に来た山岳会の人間には、奇跡だと言われた。

 おかしなことに、みさきも愛梨も、一体何が起こったのか、どうして意識を失ってあの場所に倒れていたのか、一切記憶がなかった。

 山で遊んでいた記憶は薄らとあるのだが、それ以上のことは覚えていない。


とはいえみさきと愛梨はまだ良い方だった。

 男二人にいたっては、なぜかまともに喋ることも出来ないと聞いた。


 誰に話しかけられても焦点の合わない虚ろな瞳で、自力で立ち上がることも出来ず、だらしなく口を開いて呻き声のようなものを漏らすだけだという。身体は大きいのに、まるで中身だけが赤子に戻ってしまったようだと周囲の人間を不気味がらせた。


 年寄りの間では、山の神の祟りにあったのだろうなんて噂までされているらしい。

 愛梨は親にたいそう心配され、きつく叱られたが、念のため病院で検査をしても後遺症のようなものはなかった。


 結局夏休みの間、愛梨はずっと母に見張られて、もう二度と山に行くことは出来なかった。

 せめてお祭りの日だけでもと必死に頼んだが、母親に雷を落とされた。



 愛梨は立ち上がって部屋の窓を開き、山を見つめる。

 灯籠を持った人たちの灯りが、点々と行列を作り、遠くの道に浮かび上がっている。


 ――もうすぐ夏が終わる。


 いくら考えても、愛梨は夏の間に山で起こった出来事を、何一つ思い出せなかった。

 どうして毎日のように山に通っていたのか、どうして普段より多く弁当を持って行ったのか。友人と食べるためだろうか? しかしどうしてずっと自分を避けていた彼女たちと、急に仲良くなれたのか。

 分からないことだらけだった。


 それでもふとした瞬間、無性に山に行かないと、と思う。

 彼に会って、言わないといけないことがある気がする。

 誰か大切な人に会いに行っていた気がするのに。何か大切な、絶対に忘れてはいけないことがたくさんあったはずなのに、何も思い出せない。


 考えようとすると、ずきりずきりと頭が鈍く痛む。

 窓から山を見上げると、理由もなく涙が流れた。


 どうしてこんなに、胸が痛くなるのだろう。

 自分の中で、もう一人の自分がずっと叫んでいるような気がした。

 涙はいつまで経っても止まらなかった。