『千年も見ているってことは、きっと白露さんは、本当は人間が大好きなんじゃないかなぁ?』『愛梨には、白露さんがいるからいいや』

『でも愛梨は、白露さんに会えなくなっちゃうの、嫌だなぁ』


 愛梨に与えられた言葉があたたかい光のように輝きながら、白露の中を巡っていく。

白露は目の前にいる青龍の姿を、真っ直ぐに見据えた。


「青龍、あなたに頼みがあります」


 青龍は正面に立っている白露を、静かに見つめ返す。

 白露は穏やかな、しかしはっきりとした声で訴えた。



「私はこの娘を助けたい」



青龍は愛梨に目を向けた。

 愛梨の頭からは、真っ赤な血が溢れだしていた。

 顔は蒼白で血の気がなく、彼女の心臓はすでに鼓動を止めている。

 愛梨がもう息を吹き返すことがないのは、誰の目にも明らかだった。


 青龍はサファイアのように青く美しい瞳を白露に向けた。

 彼女の表情には、珍しく驚きが交じっている。


「主が人間を助けたいとは、珍しい。しかし小さなケガならともかくな。残念ながら、この娘はもう……」


 青龍の言葉を遮り、白露は頭を下げながら熱心に訴えた。


「私の力をすべて使えば、出来るかもしれない。しかしそれだけでは足りない。青龍、どうかあなたの力も貸してくれませんか?」

「お主、正気か? そこまでして、この娘を助けたいと申すか?」


 子龍はきゅうきゅうと悲しそうに鳴き声をあげながら、愛梨の頬を必死にぺろぺろ舐めている。

 その姿を見てしまえば、無下に断ることは出来なかった。


 この娘は、自分の子供を大切に守ってくれたのだろう。そうでなければ、ここまで子龍が懐くわけがない。

 青龍は腕を組み、ゆっくりと首を引いた。


「確かに我の力とお主の力を合わせれば、出来なくはないかもしれん。我はかまわんぞ。

しかしだな。しかし……いいのか? 成功するとは言い切れんぞ。

それにお主は千年の間人々を見守り、錬磨を重ねた。あとほんの僅か。狐花送りの日が来れば、お主は神になれると聞いた。そのためにここにいたのだろう? 

今この娘を助けるために力を使えば、お主は千年の錬磨を失い、ただの妖狐となる。今までのように、自由に力を使うことは出来なくなる」


 言いながら、青龍はこの言葉にそれほど意味がないことも理解していた。

 白露の心は、とっくに決まっていたようだ。

 迷う素振りなど一切見せない。


「千年の区切りにこの娘と出会ったのも、何かの縁でしょう。この娘と会ったのが偶然ではないとしたら、私はきっとこの娘を助けるために、この地に来たのだ」

「白露……」


 白露は長い指で、そっと愛梨の頭を撫でる。その表情は穏やかだった。

「私が千年の間重ねた、すべての力を失っても構わない。私はこの娘を助けたい。千年の間見守っていても、分からないのだ。人間が美しいものなのか、醜いものなのか」


 青龍はふっと笑みをもらす。


「そうか。ならばもっと近しい所で確かめればいい。我の力も貸そう。ちと骨が折れるがのぅ。それでも、子供の命の恩人を救うためじゃ」

「ありがとう、青龍。恩に着ます」


 青龍は龍の姿へと戻り、愛梨に自分の力を注ぎ始める。 


「とはいえもし助かったとしても、きっとこの子供は、お主のことを忘れておるぞ」

「いいんです、私が見守りたいだけですから」


 白露は青龍の隣に並び、愛梨に自分の持つ力のすべてを与えた。


「それに縁があれば、再び道が交わることもあるでしょう」


 その言葉の直後、天まで届くほどの眩い光の放流が愛梨の身体に流れ込んだ。