その時まるで雷にでも撃たれたように、山全体がビリッと震えた。

 さっきまで晴天だった空が、一瞬にして暗雲に包まれる。

 白露ははっとして空を見上げた。


 突き抜けるほどに鮮やかな、青い龍。金色の鬣に、すべてを切り裂くような鋭い爪。青龍のしなやかな巨躯が、空を覆い尽くしている。

 美しく、偉大な幻獣――青龍が顕現していた。

 母親の姿を見つけた青龍の子供は、悲しそうな鳴き声をあげながら飛び上がり、青龍の顔にすがりつく。

 天から響くような、低く威厳のある女の声がした。

 青龍が話す度に、ビリビリと周囲の空気が震える。


「お前に呼ばれて来てみれば、何やら大変なことになっておるな。あの男たちは、真っ白になってしもうたようじゃ。まるで赤子同然じゃ。自分の名前さえ覚えておらんようだ。もうまともに生きることはできぬ。哀れじゃのぅ」

「青龍……」


 それまでの荘厳な覇気を押さえ、青龍は柔らかな声を出す。


「白露よ、迎えが遅くなってすまなかった。ようやくここが分かった」


 青龍は白い靄に包まれたかと思うと、次の瞬間には人間の女の姿に変化していた。

 腰まで伸びる青い髪、涼しい瞳、そして真っ白な着物。雪女を思わせるような姿だった。

 青龍は地面に倒れている愛梨の首筋を、真っ白な手の平でそっと撫でた。


「我の子供を助けるために、命を落としたか。この娘には、申し訳ないことをした。子を思う親の心は、我も痛いほどに分かる。この娘の両親も、さぞ悲しむだろう……」


 白露は愛梨の顔を見下ろす。


「愛梨……」


 普段は耳をふさぎたくなるほどにやかましく話をするその唇も、今はぴくりとも動かない。目まぐるしく笑ったり怒ったり、忙しなく変わる表情も、少しも動かない。

 ただ静かに目を閉じたまま、横たわっている。


 白露は目蓋を閉じる。


 これまで千年の間、なるべく人間とは関わりを持たないようにしてきた。

 それでも極稀に、縁を持ち、心を惹かれる人間が現れた。

 しかしどんなに親しくなろうと、結末はいつも同じだ。

 いくら側にいたいと願っても、離れたくないと願っても、人間の命はあやかしの自分よりずっと短い。

 白露はこれまで何度も何度も、彼らの命の火が尽きるのを見送ってきた。


 それと同じことだ。

 人間は弱い。あやかしの自分とは違う。

 少しケガをしただけで、病気にかかっただけで、死んでしまう。

 命の生き死にに、自分が関われることはない。


 ずっとそう自分を律して来た。 


 けれど――。