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 愛梨も自分を取り巻く小さな変化に、薄々気が付き始めていた。

 やはりここ数日、誰かに監視されている気がする。

 同級生のみさきと青龍の子供と川で水遊びをしていた愛梨は、視線を感じて辺りを見回した。


 すると木々の合間から、あの男たちの顔が見えた。


 私たちのことを、見ていた? どうして?


 やっぱり何かがおかしい。白露さんを呼んでこよう。

 愛梨は胸騒ぎを感じながら、川から上がってサンダルを履く。

 それを不思議に思ったみさきが、愛梨に声をかけた。


「愛梨ちゃん、どこか行くの? 今日、他の二人は来られなくて残念だね。私たちももう少ししたら、お昼ご飯食べよう」


 青龍の子供は口から川の水を飛ばしたりして、みさきと楽しそうに遊んでいた。

 わざわざ不安になるようなことを言う必要はないと判断し、愛梨は笑顔を作った。


「えっと……ごめん、私ちょっと忘れ物! りゅーちゃんと遊んでて! すぐに戻ってくる!」


 愛梨は木々の茂る道を駆け抜け、白露の姿を探した。

 彼ならいつも、祠の近くにいるはずだ。

 水で濡れたサンダルをべしゃべしゃにして、白露に呼びかける。


「おーい、白露さん、白露さん!」


 白露は考えた通り、祠の近くの木陰で居眠りをしていた。


「何ですか、騒々しい。どうしました?」


 愛梨は白露にタックルし、白露の腹の上に乗っかって訴えた。


「さっきね、男の人がいた!」

「あぁ、またあの男たちですか。いい加減うっとうしいですね。これ以上自らの楽しみのために動物の命を奪うのなら、そろそろ報復をしなければ」


 愛梨はきゅっと白露の着物を握って、不安そうに続ける。


「それにさっきの男の人たち、りゅーちゃんが見えていたみたい」

「……青龍がですか? まさか」

「愛梨と同じ、目がいい人かな?」

「いえ……おそらく、その男の目がいいのではなく、場所のせいでしょう」


 白露は難しい表情で、何事かを考え込んでいる。


「この山は、境目の場所があります。特に水場の近くは狐花送りが近いから、普段より境界が薄くなっているんです」


 しかし――と白露は考える。


 確かに特別な祭事の時期は、境界が薄くなりがちだ。

 けれどそれに影響されるのは、純粋な子供か川を渡るのが近い老人くらいだ。

 稀に心が美しい大人にも境界を越える力は備わるが、あんな風に自分の悦楽のために動物を殺める人間の心が美しいわけがない。


 とすると……強くなっているのは、私の力の方か。


 ここ数日蓄えていたので、万全の力が戻りつつあるのを感じる。