いや、その前に、狐花送りが終われば、自分は現世から消える。

 神となって、天上へと向かう。

 自分がいなくなった山に一人きりで残された愛梨の姿を思うと、今までに感じたことのない鈍い痛みのようなものが、胸を走った気がした。




 □


 翌日の昼、いつものように愛梨が青龍の子供を肩に乗せて歩いていると、山道でばったり同級生の少女たちと出くわした。

 同じクラスの、いつも三人組で行動している子たちだ。

 山で遊ぶ子供は多いが、こんな奥まで彼女たちが入ってきていたとは意外だった。


 愛梨は少し気まずいと思いながら、愛想笑いを浮かべる。

 二つ結びの少女が、口をぽかんと大きく開けて愛梨の肩に注目する。


「ね、ねぇ……それ、何?」

「それって?」

「その……何か、肩に乗ってる、青くて長いやつ」


 彼女が青龍に触れようと手を伸ばしたので、愛梨はびくっと後ずさった。

 青龍の子供はきゅっ、と鳴き声をあげる。

 すると他の二人も、びっくりした顔つきで硬直した。


 一瞬の隙をつき――。


「あっ! ちょ、ちょっと待って!」


 愛梨は全力で逃げた。脱兎の如く。


 何で!? 何で何で何で!? どうしてりゅーちゃんのこと、あの子たちに見えるようになったの!?




「もうすぐ狐花送りが近づいているからでしょうね」


 他の子供にも青龍が見えたことを打ち明けると、白露は存外落ち着いた様子だった。

 愛梨にとっては天変地異が起こったくらいの衝撃的な出来事だったので、拍子抜けだ。


「狐花送りって、この地域のお祭りだよね。それが関係あるの?」

「彼岸という言葉を聞いたことがあるでしょう。あなたたちが住んでいる欲や煩悩に満ちた世界を此岸、そういう欲や煩悩から解放された世界を彼岸というのです」

「へぇ……此岸と彼岸」

「その二つは川で隔てられていて、川を渡って向こう側の世界に渡ることで余計な考えを捨て、幸せになれるという教えなのです。狐花送りも、川に関係がある祭りでしょう」


 愛梨はこの町特有の風習を思い出した。

 この町は夏の終わりに、狐花送りという行事を行う。


 灯籠流しに似ていて、花の形に折った灯籠の中に蝋燭を入れ、川に流す。灯籠を流す人間は、狐のお面をつけて仮装している。これがこの地域特有の狐花送りだ。灯籠流しと狐の行列が合わさったような行事だ。


「狐花送りも送り火の一種ですからね。祭りの起源は大抵が慰霊と鎮魂です。私がこの地にいることも関係しているかもしれませんが、この時期は二つの世界の境界が曖昧になり、あやかしの姿が普通の人間にも見えやすくなる。水場は特に狭間になりやすい場所ですからね」


 愛梨はその説明をすべて理解したわけではなかったが、彼女たちにも青龍が見えるということは納得した。


「そ、そっかぁ……だからみんなに見えるんだ。ねぇ、白露さん。りゅーちゃん、他のみんなとも遊んでいいかな?」


 白露は長い睫毛を瞬かせ、ふむと頷く。


「あまり大人数に触れ回るのはどうかと思いますが、数人で一緒に遊ぶくらいなら構わないでしょう」