――暖かい。それに何だか優しい音がする。

 愛梨は微睡みながら、あたたかい誰かの背中をぎゅっと抱きしめる。

 白露は愛梨を背中に背負い、山道を歩いていた。

 夕方になって周囲が暗くなってきたので、彼女をふもとまで送ることにしたのだ。白露は口では面倒がりながらも、意外と面倒見がいい。

 愛梨は半分寝ぼけた頭で声をかけた。


「白露さん、ここまでおんぶしてくれたの?」

「おや、もう目を覚ましたんですね。それでは重いので降りてください」


 そう言ったかと思うと、どさりと地面に落とされる。


「うー、ひどいよー、せっかく気持ちよく寝てたのに。優しくするなら最後まで優しくしてよー。中途半端な優しさが一番人を傷つけるんだって、ドラマで言ってたよー」

「最初から最後まで優しくはしません。私は人間が嫌いですからね」 


 愛梨はぱちぱちと瞬きしながら問いかける。


「どうして人間が嫌いなの?」


 人間が嫌いだと言った白露は、何だか寂しそうに見えた。


「私は千年の間、様々な場所で人間を見守ってきました。しかし千年の間見ていても、人間というのは理解に苦しむ生き物なのです」


 うーんと考えてから、愛梨は思ったことを口にする。


「でも千年も見ているってことは、きっと白露さんは、本当は人間が大好きなんじゃないかなぁ?」


 それを聞いた白露は、意外そうに目を見開く。それからふっと笑みを浮かべ、指先で愛梨の額をつついた。


「生意気な小娘ですね」

「小娘じゃないもん」


 オレンジ色の太陽が、町を照らしていた。

 近くで遊んでいた子供たちもちょうど家に帰る時間らしく、彼らが楽しげに去って行く後ろ姿が見える。


「小娘は、他の子供と遊ばないのですか?」

「愛梨、嘘つきだと思われてるから、友達いないんだ」


 白露は黙って愛梨を見下ろす。


「白露さんが見えるのも、りゅーちゃんが見えるのも、他の色んなのが見えるのも、本当のことなのになぁ」


 そう言ってから、愛梨は白露の手をぎゅっと強く握りしめる。


「でも愛梨には、白露さんがいるからいいや」


 そう言って、愛梨は眉をへにゃりと下げて笑った。 


 その時白露は愛梨のことを、初めて不憫に思った。

 きっとこの子があやかしを見ることが出来るのも、あと数年だろう。

 彼女の心がまだ純粋だから見えてしまうだけで、本来なら人間はあやかしを見られない。

 そして大人になれば、あやかしより大切な物がたくさんできて、すぐにあやかしを見ていたことなど忘れてしまうだろう。実際白露はそういう人間を数多く見守ってきた。