愛梨はびくびくしながら、好奇心で川岸を覗き込む。

 するとやっぱり細長い身体が、にょろんと動いた。


「うわ、うわっ!」


 そこにいたのは、今までに見たことのない生き物だった。

 たしかに身体は長いが……蛇ではない。


 全長は三十センチくらいだろうか。

 青い身体にはうろこがあって、小さな手足からはしっかりとした鉤爪が生えている。

 つののように二本飛び出したたてがみは金色にキラキラ輝いて、愛梨がそっと顔を合わせると、つぶらな目がぱちぱちと瞬きする。


「蛇じゃない!」


 その生き物を抱き上げようと、恐る恐る両手を伸ばし、白い腹に触れてみた。

 すると小さな生き物は鋭い悲鳴をあげた。


「ど、どうしたの!?」


 愛梨は自分の手が血で赤く染まっているのに気付き、ドキッとする。しかし愛梨の血ではない。どうやらこの小さな生き物は、腹にケガをしているらしい。

 小さな生き物は怯えた様子で愛梨から逃れようと、鳴き声をあげながらふわりと宙に浮かび上がった。


「と、飛んだ! 白露さん、飛んだよ!?」


 しかし長い時間飛んでいることが出来ないらしく、浮かんだ身体はすぐにべしゃりと川に沈んでしまった。


「……………………」


 数秒見ていたが、浮かんでくる気配がない。


「うわ、大変! 沈んじゃった!」


 愛梨は急いで落下地点に駆けつけ、今度こそ小さな生き物を拾い上げる。触った感じは少しぬめり気があった。くったりしているので、お腹を軽く押すと、口からぴゅうっと水が飛び出した。まるで水鉄砲だ。 


 白露は不思議そうにその生き物を観察する。


「これは驚いた。青龍の子供ですね」

「青龍? 龍って本当にいるの?」

「今あなたの目の前にいるじゃないですか。まぁ普通は人間には見えませんし、そもそも人間の世界に降りてくることも滅多にないのですが。珍しいですね、こんな場所にいるとは。親とはぐれたのでしょうか?」

 愛梨は腕の中に収まってきゅうきゅうと鳴き声をあげる青い龍を見て、気の毒に思った。


「かわいいけど、お母さんがきっと心配しているね。ケガをしているみたいだし」

「今頃親が必死にその子供を探していることでしょう。迎えに来るまで、見守っている必要があるでしょうね」


 それを聞いた愛梨は、元気よく挙手した。

 白露は面倒そうに眉を寄せる。


「……何ですか?」

「じゃあお母さんが迎えに来るまで、愛梨がりゅーちゃんの面倒みます!」

「うわ……そうやって、勝手に名前までつけて……離れがたくなりますよ」

「でも、放っておいたらまた溺れちゃうかもしれないし。ね、りゅーちゃん。そうだ、待ってて。近くの薬局行って、薬と包帯買ってくるから!」


 愛梨は急いで山を降りると、近くにあった薬局に行って、まず包帯を手に取った。それから何か塗り薬を……と思って困惑する。人間用の薬でいいのだろうか。そもそも龍用の薬なんて売っていないだろうけれど。


 そして薬の値札とがま口財布の中にある小銭を見比べて、愛梨は頭を抱える。

 愛梨のお小遣いでは、包帯はともかく薬を購入出来る金額に足りなかった。

 ひとまず包帯だけ購入し、悩みながら歩いていると、近くに住んでいるおばあちゃんに声をかけられる。


「あら、愛梨ちゃんどうしたの? 薬局に行ってたみたいだけど、ケガでもした?」


 何しろ田舎なので、大抵の人は顔見知りだ。


「あ、田所のおばあちゃん、こんにちは。ねぇ、ケガしちゃった子がいるんだけど、薬になるようなものないかな?」


 それならと、おばあちゃんは庭にあったトゲトゲした植物をいくつかはさみで切り取って、愛梨に渡す。


「ほら、これ持っていきな」


 愛梨は肉厚な緑色の葉を眺める。


「これってアロエ?」

「そうそう。傷につけといたらよくなるよ」

「ありがとう、おばあちゃん!」


 アロエをもらった愛梨は急いで先ほどの川岸まで戻った。

 それからアロエの葉を剥がし、透明なみずみずしい果肉を龍の傷口に当て、その上からぐるぐる包帯を巻きつけた。

 龍は不思議そうにきゅうと鳴き声をあげる。


「何ですかそれは?」

「アロエだって。傷に効くんだって。貰ったんだ。良くなるといいねぇ、りゅーちゃん」


 愛梨が問いかけると、青い龍は嬉しそうに鳴き声をあげた。