□


「愛梨ぃ、あんた最近ずいぶんたくさんお弁当持っていくのね」


 母親にそう言われ、弁当箱いっぱいに卵焼きを詰めていた愛梨はぎくっと動きを止めた。

 母親が不思議に思うのも当然だ。

 白露の分と合わせて、ほぼ二人分の弁当を持って行っているのだ。

 じっくり目を見られるとボロが出そうだ。愛梨は母親の顔を見ないように急いで弁当箱の蓋をしめながら、しどろもどろで答える。


「友達と、一緒に食べてるんだ」


 母親もそうだろうなと考えていたので、特に言及はしなかった。


「ふぅん。それならいいけど。あんた、まさか山の方で遊んでないでしょうね?」


 愛梨は動揺して弁当箱を落としそうになりつつ、それでも笑顔を作った。


「行ってないけど、どうして?」

「山は危ないから、子供だけで行っちゃだめよ」

「お化けでもでるの?」


 もう狐のあやかしに会ったよ、とは言わない。どうせ信じてはもらえないから。

 すると母親は予想外な言葉を告げた。


「お化けより、人間が怖いのよ。最近は狩猟を趣味にしている人があそこらへんをうろうろしているみたいだから」

「狩猟?」


 母親は鉄砲を撃つ真似をした。


「山にいる動物を、銃で撃って捕まえるのよ。ほら、あの山けっこう色々いるでしょう。ウサギとか、タヌキとか鳥とか」


 それを聞いた愛梨は憤慨した。


「えー、かわいそう!」


 母親も複雑な表情で腕を組んだ。


「そうね。お仕事で熊やイノシシを捕ってるなら別だけど、あの山で狩猟をしている人は遊びで動物を撃っているみたいだからね。確かにかわいそうだわ。近所に住んでいるお年寄りも、みんな怒ってたし」

「注意しないの?」

「それが、なかなか尻尾を出さないんですって。近くに誰かがいる時は、やらないみたいだし。それにこの辺り、お年寄りが多いからねぇ。相手は若い男の人で乱暴そうだから、強く言えないんですって」


 愛梨はぶすっと頬を膨らませた。


「ふーん、何だか嫌だね」

「とにかくそういう人がいるから、間違って撃たれたりしたら大変でしょ? 子供だけでは、絶対山に入っちゃダメよ」

「はーい!」


 愛梨は元気よく返事をして麦わら帽子を被り、今日も一目散に山へと向かった。