愛梨はプラスチックのパックを開くと、いなり寿司を頬張った。

 油あげからじわりと甘い汁がにじむ。酢飯の中には絹さやとにんじんと椎茸が入っていた。シャキシャキとした歯ごたえがあって楽しい食感だ。どうやら買ってきた物でなく、近くに住む誰かの手作りらしい。

 いなり寿司は三つ入っていたけれど、愛梨はあっという間に食べ尽くしてしまった。


「こんなにおいしいのにー。白露さん、本当に食べないの?」

「食べませんよ。というか、もうないじゃないですか」


 白露は白露で愛梨の弁当をすっかり食べてしまうと、満足そうに腹をさすった。


「なかなか美味でしたよ」

「よかった。愛梨のお母さん料理上手でしょ? でも今まではどうしてたの?」

「さっきも言いましたが、別に食べなくても死なないのですよ。あやかしですから。たまに供え物をつまむくらいでいいのです。この周辺の人間は信仰深いのはいいんですが、油あげばかりで」

「ふーん。油あげが嫌で何も食べなかったら、この間みたいにお腹が減って倒れちゃったんだね。白露さんって、ちょっと面白いね」

「面白くはないですよ。とにかく小娘、明日も美味しい物を持って来て供えなさい」


 愛梨は白露の尻尾を抱きしめながら問いかける。四本の尻尾が、それぞれバラバラに動くのが面白い。 


「美味しい物、食べたいの?」

「そうです。色々な種類の美味しい物が食べたいのです。私は人間の食べ物に興味があるのです。普段は力を使って人間に化けて買い物に行ったりするんですが、しばらくはこの山から出られませんし、私の声は誰にも聞こえませんからね。どうしようかと考えあぐねて倒れていたところで私の姿が見える人間が見つかって、ほっとしました」


 それを聞いた愛梨は張り切って返事をする。


「分かった! じゃあ愛梨、白露さんにたくさんおいしいもの持ってくる!」

「ぜひそうしなさい。よい供え物をすれば、あなたの息災を祈ってあげないこともありません」