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「白露さん、今日もここにいるんだね!」
「力が回復するまでははここにいるつもりです」
翌日。
愛梨は今日も山に登った。
白露の頼みを聞き届けるためである。
白露は竹に身体を預け、爽やかな夏の風を感じるように目を細めた。
「この竹林は居心地がいい」
自分の住んでいる場所を白露に褒められると、何だか無性に嬉しくなった。
そして愛梨は今日も、白露のふわふわした尻尾が気になって仕方なかった。気になったので、飛びついてみる。やっぱりふさふさとして気持ちよくて、太陽の匂いがした。
「白露さんは、毎日ここで何をしているの?」
「消耗した力が回復するのを待っているのです」
「回復?」
「ちょっと面倒な相手と争いになって、力を消耗してしまったのです。私はこの場所に祀られたあやかしですから、この土地は私の聖域。つまり心が安らぐ場所なのです。なので力が戻るまで、ここでしばらくのんびりしようかと」
今まで気が付かなかったが、言われて注意深く見ると、竹林の中には小さな祠があった。白い神垂が風に吹かれて、ひらひらと揺れていた。
時々近くに住んでいる誰かが参っているらしく、祠の前にはプラスチックの容器に入ったいなり寿司がある。
いなり寿司を見て、愛梨はぱっと顔を明るくした。
「へぇ、これが白露さんを祀ってる場所なんだ! きつねの神様は、お稲荷さんなんでしょ?」
白露は持っていた扇子の先で愛梨の頭を小突いた。
「別に狐の神が全部稲荷というわけでもないですよ。それにここは稲荷ではありません。そもそも稲荷に祀られている神は狐ではなく、宇迦之御魂神です」
「う、うかのみたまのかみ?」
「まぁ難しいことを話しても、あなたには分からないでしょう。それより、食べ物の匂いがしますね」
そう言われ、愛梨はリュックをごそごそと開く。
「そうだ、白露さんに頼まれたやつね!」
昨日のように弁当箱を差し出すと、白露は嬉しそうに顔を緩め、おにぎりに手を伸ばした。
それから幸せそうにおにぎりを頬張った。今までは白露のすまし顔しか見たことがなかったので、珍しい表情だ。
「白露さん、お腹減ってるの?」
「はい。別に食べなくても生きていけます。人間とは違いますからね。しかしおいしい食事のない生活など、何の楽しみのない人生のようなもの」
愛梨は不思議に思い、いなり寿司を指差した。
「いなり寿司は食べないの? お母さんに話したら、きつねさんは油あげが好きだって言ってたよ。あれ、白露さんへのお供えでしょ?」
すると白露は嫌そうに眉を寄せる。
「近づけないでください。私は油あげが嫌いなんです」
「そうなの!?」
「人間だって、人によって好き嫌いが違うでしょう。狐だから油揚げが好きというのは、早計ですよ。私はもう、油あげは食べ飽きました。何せお供えものと言ったら、猫も杓子も油揚げやいなり寿司ですからね」
「甘くて美味しいよ?」
愛梨の口から、よだれが垂れている。
「それはあなたが食べなさい、意地汚い小娘」
「ありがとう、白露さん。意地汚くないよ。愛梨だよ」