父や母に人ではないものが見えるという話をしても、彼らは心配するばかりで、そういう話はなるべく口にしないようにと注意するだけだった。
愛梨はそのことが不満だった。
自分には確かに彼らが見えるのに、誰も信じてくれない。
愛梨の祖母だけは熱心に話を聞き、その生き物たちの正体を教えてくれた。だがその祖母も、去年亡くなってしまった。たった一人の理解者を失った愛梨は、悲しみにくれた。
水筒に入っている水を飲みながらのそのそと山を歩いていると、竹林の側で、黒い着物を着た男が倒れているのを見つけた。
人が倒れてる! しかも大人なのに!
そう思って近づくと、さらに衝撃的な物を発見した。
男には真っ白な四本の尻尾と、獣の白い耳があったのだ。
に、人間じゃないっ!
愛梨はドキドキしながらも、放っておくわけにはいかないと思った。
「お兄さん、どうしたの!? 大丈夫!?」
彼は愛梨の声を聞き、右手を持ち上げ、苦しそうに呻き声をあげる。
「お……」
「お?」
「お腹が減った……」
そう言って、男はまたぱたりと倒れた。
「え? えええええええ!?」
この男は、どうやら腹が減っているらしい。
迷った挙げ句、愛梨はリュックから自分のお弁当を差し出した。
「お兄さん、愛梨のお弁当でよかったら食べる?」
弁当を見た男は、さっきまでのしなしなな様子が嘘のように、ガバッと身を起こし、がつがつと弁当を食らった。
威勢のいい食いっぷりに、愛梨は感心しながら彼を眺める。
やがて弁当箱が空っぽになると、男は喉が渇いたのか、愛梨の水筒の水をごくごくと飲み干した。
ひとごこちついたのか、男は満足そうに自分の腹を撫でる。
「助かりましたよ、小娘。私は事情があって、しばらくここから離れるわけにはいかないのです」
男は今までに見たこともないような真っ白な肌で、髪の毛も薄い茶色いような銀色のような、不思議な色合いだ。
瞳は目が覚めるような金色で、じっと見ていると吸い込まれてしまいそうだった。
何より気になったのは、頭から生えている二つの白い耳と、ふさふさした真っ白な尻尾だ。尻尾は四本に分かれ、輝くように美しい毛並みだった。
我慢が出来なくなった愛梨は、尻尾にぎゅーっと抱きついてみる。
尻尾はふわふわで、愛梨くらいの子供なら軽々と支えられるほどのボリュームがあった。現に愛梨が体重をかけると、尻尾の力でぐいと身体が浮き上がった。
「うわぁ、尻尾ふかふかで気持ちいい! お兄さん、人間じゃないの?」
男は珍しいものを見るように目を細めた。
「そういえば小娘、あなた私のことが見えるのですか」
「うん、見えるよ! さっきからお話してるじゃん! それに小娘じゃないよ! 私は天龍愛梨です!」
「ふむ、私は白露」
「はくろ?」
「二十四節気の一つです。『陰気ようやく重なり、露凝って白し』が元になった言葉です。夏の暑さが過ぎ、大気が冷えて霧を結ぶ頃。つまり秋の訪れを意味する言葉です」
「ふぅーん。よく分からないけど、秋のキツネさんなんだね」
愛梨は尻尾をもふもふと抱きしめながら質問を続ける。
「どうして白露さんは尻尾が生えてるの?」
「それは私が天狐だからです」
「てんこ? てんこさんなの? 白露さんじゃなかったの?」
白露は面倒そうに説明する。
「天狐というのは、千年以上生きた狐に与えられる位です」
「白露さん、そんなに生きてるの? でも、狐って尻尾が九本じゃないの? 九尾の狐っていうのがいるって、アニメで見たことあるよ」
「九尾の狐より、天狐のほうがさらに賢いんです」
「尻尾の数が多い方が賢いんじゃないの?」
「物事はそう単純ではありません。よく覚えておきなさい、小娘」
「狐さんにも色々いるんだ……」
「そうですよ。とはいえ狐の中で一番偉いのが天狐と覚えておけば、間違いありません」
愛梨はキラキラ瞳を輝かせ、何度も何度も頷いた。
「すごいな、知らなかったことを色々知っちゃった!」
嬉しくなった愛梨は、誰かにこのことを教えてあげたいと思った。
しかし新しく知ったことを話せるような友人は、誰一人として思いつかなかった。
愛梨は尻尾をもさもさと触りながら、下を向く。
「……でも愛梨の話、誰も信じてくれないからな」
「さっきもいじめられていたようですね。最近の子供は、なかなか容赦がない」
「誰も信じてくれないんだ。嘘つきだって言われるの。私がおかしいのかな」
白露はいつの間にか手に持っていた扇子を口元に当て、はたはたと扇ぐ。
「別におかしくはありません。あなたは他の子供より目がいいのですね」
その言葉に、愛梨は得意げに声を張った。
「うん、視力検査は一番下の段まで全部見えたよ!」
「そうではなく、人ならざるものが見えるということですよ」
「人ならざるもの……それが見えるのは、目がいいの?」
「はい。さて小娘、そんなあなたに折り入って頼みがあります」
愛梨はぱちぱちと目を瞬かせ、彼の頼みは何かと、耳を傾けた。
愛梨はそのことが不満だった。
自分には確かに彼らが見えるのに、誰も信じてくれない。
愛梨の祖母だけは熱心に話を聞き、その生き物たちの正体を教えてくれた。だがその祖母も、去年亡くなってしまった。たった一人の理解者を失った愛梨は、悲しみにくれた。
水筒に入っている水を飲みながらのそのそと山を歩いていると、竹林の側で、黒い着物を着た男が倒れているのを見つけた。
人が倒れてる! しかも大人なのに!
そう思って近づくと、さらに衝撃的な物を発見した。
男には真っ白な四本の尻尾と、獣の白い耳があったのだ。
に、人間じゃないっ!
愛梨はドキドキしながらも、放っておくわけにはいかないと思った。
「お兄さん、どうしたの!? 大丈夫!?」
彼は愛梨の声を聞き、右手を持ち上げ、苦しそうに呻き声をあげる。
「お……」
「お?」
「お腹が減った……」
そう言って、男はまたぱたりと倒れた。
「え? えええええええ!?」
この男は、どうやら腹が減っているらしい。
迷った挙げ句、愛梨はリュックから自分のお弁当を差し出した。
「お兄さん、愛梨のお弁当でよかったら食べる?」
弁当を見た男は、さっきまでのしなしなな様子が嘘のように、ガバッと身を起こし、がつがつと弁当を食らった。
威勢のいい食いっぷりに、愛梨は感心しながら彼を眺める。
やがて弁当箱が空っぽになると、男は喉が渇いたのか、愛梨の水筒の水をごくごくと飲み干した。
ひとごこちついたのか、男は満足そうに自分の腹を撫でる。
「助かりましたよ、小娘。私は事情があって、しばらくここから離れるわけにはいかないのです」
男は今までに見たこともないような真っ白な肌で、髪の毛も薄い茶色いような銀色のような、不思議な色合いだ。
瞳は目が覚めるような金色で、じっと見ていると吸い込まれてしまいそうだった。
何より気になったのは、頭から生えている二つの白い耳と、ふさふさした真っ白な尻尾だ。尻尾は四本に分かれ、輝くように美しい毛並みだった。
我慢が出来なくなった愛梨は、尻尾にぎゅーっと抱きついてみる。
尻尾はふわふわで、愛梨くらいの子供なら軽々と支えられるほどのボリュームがあった。現に愛梨が体重をかけると、尻尾の力でぐいと身体が浮き上がった。
「うわぁ、尻尾ふかふかで気持ちいい! お兄さん、人間じゃないの?」
男は珍しいものを見るように目を細めた。
「そういえば小娘、あなた私のことが見えるのですか」
「うん、見えるよ! さっきからお話してるじゃん! それに小娘じゃないよ! 私は天龍愛梨です!」
「ふむ、私は白露」
「はくろ?」
「二十四節気の一つです。『陰気ようやく重なり、露凝って白し』が元になった言葉です。夏の暑さが過ぎ、大気が冷えて霧を結ぶ頃。つまり秋の訪れを意味する言葉です」
「ふぅーん。よく分からないけど、秋のキツネさんなんだね」
愛梨は尻尾をもふもふと抱きしめながら質問を続ける。
「どうして白露さんは尻尾が生えてるの?」
「それは私が天狐だからです」
「てんこ? てんこさんなの? 白露さんじゃなかったの?」
白露は面倒そうに説明する。
「天狐というのは、千年以上生きた狐に与えられる位です」
「白露さん、そんなに生きてるの? でも、狐って尻尾が九本じゃないの? 九尾の狐っていうのがいるって、アニメで見たことあるよ」
「九尾の狐より、天狐のほうがさらに賢いんです」
「尻尾の数が多い方が賢いんじゃないの?」
「物事はそう単純ではありません。よく覚えておきなさい、小娘」
「狐さんにも色々いるんだ……」
「そうですよ。とはいえ狐の中で一番偉いのが天狐と覚えておけば、間違いありません」
愛梨はキラキラ瞳を輝かせ、何度も何度も頷いた。
「すごいな、知らなかったことを色々知っちゃった!」
嬉しくなった愛梨は、誰かにこのことを教えてあげたいと思った。
しかし新しく知ったことを話せるような友人は、誰一人として思いつかなかった。
愛梨は尻尾をもさもさと触りながら、下を向く。
「……でも愛梨の話、誰も信じてくれないからな」
「さっきもいじめられていたようですね。最近の子供は、なかなか容赦がない」
「誰も信じてくれないんだ。嘘つきだって言われるの。私がおかしいのかな」
白露はいつの間にか手に持っていた扇子を口元に当て、はたはたと扇ぐ。
「別におかしくはありません。あなたは他の子供より目がいいのですね」
その言葉に、愛梨は得意げに声を張った。
「うん、視力検査は一番下の段まで全部見えたよ!」
「そうではなく、人ならざるものが見えるということですよ」
「人ならざるもの……それが見えるのは、目がいいの?」
「はい。さて小娘、そんなあなたに折り入って頼みがあります」
愛梨はぱちぱちと目を瞬かせ、彼の頼みは何かと、耳を傾けた。