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 愛梨は小学一年生の頃、鎌倉に住んでいた。

 鎌倉といえば観光地として有名だが、愛梨の家がある地域は郊外から離れた、山に面した場所だった。とにかく自然が豊かだった。

 愛梨は夏休みになると、毎日近くの山に登り、虫を捕ったり珍しい花を眺めたりして楽しんだ。


 山は子供たちの遊び場だった。

 水筒と弁当を持って、毎日飽きもせず、山で遊んだ。


 特に山の中程にある、青々とした竹林に囲まれた場所は愛梨のお気に入りだった。

 どこまでも伸びる青い竹は美しく、空気さえ清らかに澄んでいる感じがした。

 赤い花の蜜を吸いながら歩いていると、山の途中にある石の上に、緑色の男が座っているのが見えた。

 通り過ぎようとした愛梨は、緑!? と思って振り返る。

 男の背中には、大きな甲羅のようなものまである。


 愛梨がじっと彼を見つめていると、男はおや、という顔をした。

 それからにやりと笑うと、のそのそと歩いて行って、川を見つけるとそこに頭からとぽんと飛び込んだ。

 愛梨が驚いて男の姿を追うと、男は水かきのついた手を動かして、すいすいと泳いでいく。途中、一瞬得意げな表情で愛梨に笑いかけて、また泳いでいった。

 それが河童だということも、愛梨は知らなかった。


 正体が何かは分からずとも、この年頃の愛梨にはいつもそういうものが見えた。


 山道で同級生の三人組を見つけたので、愛梨は緑色の男のことを興奮気味に打ち明けた。


「あのね! さっき、緑色の人を見つけたんだよ! その人、川を泳いで行ったんだよ!」


 それを聞いた少女たちは煙たそうに顔を寄せ、一斉に愛梨を非難する。


「絶対嘘だから!」

「愛梨ちゃん、まーたそうやって嘘ついてる!」

「愛梨ちゃんは嘘ばっかり!」


「嘘じゃないよ。本当にいるんだよ。背中に甲羅がついてたんだよ!」


 小学一年生といえど、女の子というのは幼い頃からけっこうしっかりしている。

 いつまでも幻想的なことを信じる子供ばかりではなかった。


「あたしたちのこと騙して、怖がらせようとしてるんでしょ! 行こう、もう愛梨ちゃんとは遊ばないから!」


 そう言って、少女の一人が愛梨のことを突き飛ばした。

 愛梨は地面に尻餅をついて、歩いていく少女たちの後ろ姿をさみしそうに眺めた。

 こんなことが続いたから、愛梨にはほとんど友達がいなかった。