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 白露さんと私が初めて会ったのは、私の住む街の駅前でだった。

 半袖の制服を着ていた。夏休みだけど、課外授業の帰りだった。

 小雨が降っていて、夏なのに少し肌寒かったことを覚えている。

 信号待ちをしていた私は、横断歩道の向かい側に和服姿の男性を見つけ、珍しいと思いながら彼を見つめる。


 深い紫色の羽織の下に、漆黒の着物と白い袴。

 そして着物姿の男性よりもっと珍しい、真っ白で大きな尻尾と、明らかに獣の耳。

 ……えっ!? 何!? 仮装!?


 信号が青になっても、しばらくその場から動くことが出来ず、その場に縫い付けられたように立ち止まって、彼を眺めた。


 しかもおかしなことに、彼の近くを行き交う人は、まったく彼に注意を払わない。

 まるで、その姿が私にしか見えていないように。


 真っ白な彼の顔は、陶器のようにつややかだった。きれいな人だと思った。

 普通の人間とは思えないくらいに。


 そこまで考えて、私はやっぱり彼は人間じゃないのかな、と複雑な気持ちになる。


 ――人成らざるもの。

 その言葉を教えてくれたのは、おばあちゃんだった。 


 子供の頃は、よくそういうものが見えた。小学生の頃は田舎の山の方に暮らしていたので、顕著だった時は一日に会う人間の数より、そういう人成らざるものを見ることの方が多かったくらいだ。

 例えば幽霊とか、妖怪とか、幻獣とか。


 私の年齢があがるにつれて、だんだんそういうものも見えなくなっていった。

 けれど、今でもたまにふっと見えてしまう時がある。

 どんなに周囲に人がたくさんいても、どんなに上手に擬態していようと、不思議とそれらは私の目を惹く。

 にしても、こういうのを見るのは久しぶりだなぁ。


 しばらく眺めていても、他の人が彼に気付く様子はない。

 やはり私にしか見えていないのだろう。

 どうしようかと考えていると、彼の長い睫毛が瞬いて、金色の瞳が真っ直ぐに私を見つめた。

 まるで頭の向こう側まで貫くみたいな、弓のような視線だ。

 私は吸い寄せられるように彼に向かって歩みだし、横断歩道を渡る。

そしてどうしてか懐かしい気持ちになり、胸の奥がふわりとあたたかくなった。


 ……あれ? 私はこの人と――昔、どこかで会ったことがある?


 以前もこんな風に、彼に見つめられたことがある。

 気が付くと、すぐ目の前に狐耳の男性が立っていた。

 私は反射的に問いかけた。


「私、あなたとどこかで会ったことがありますか?」


 すると彼は眠そうな目をして、帯にさしていた扇子を開き、口元に当てた。


「あなた小娘のくせに、ずいぶん古いナンパの手口を使うんですねぇ」

「ナンパじゃありませんっ!」


誤解された!

 決して気のせいではないと思う。


 いつだっただろう。確かに昔、こんな風に見つめられたことがあったのに。 



 必死に記憶を辿ると、自分の奥底に眠っていた鍵の掛けられた扉が、軋む音を立てながら開いた気がした。