「私、飲み物買ってくるね」


 ひかりはそう言って部屋を出て行った。

 複雑な思いでひかりを見送ると、白露が笑いながら言う。


「ひかりさんは、元の時間軸でも足に怪我をしていました。怪我をするだけでは、あなたはひかりさんに勝てないということです」


 挑発するようなその言葉に苛立ち、鏡華は近くにあったタオルを白露に向かって投げつけた。


「うるさいわね、もういいわよ、分かったわよ! あたしがここに来たのも、全部無駄だったってことでしょ。あたしが何かしてもしなくても、ひかりに勝つのは未来永劫不可能だって、そう言いたいんでしょ!?」

「いいえ、違います」


 氷のように冷たい響きに、鏡華はドキリとして動きを止める。


「鏡華さん。あなたがひかりさんに勝つ方法は、まだ残っていますよ」


 白露の瞳が金色に輝き、妖しい色を帯びる。


「この控え室にある痛み止めの薬の存在を知っているのは、あなただけです」

「どういう意味……」

「すり替えてしまえばいいんですよ」

「白露さん!?」


 それまで黙っていた愛梨が白露を止めようとするが、白露は耳を貸さずに言葉を続ける。


「他の薬に。たとえば睡眠薬とか。鏡華さん、持っていましたよね?」

「それは……」


 鏡華はポーチに目をやる。自分の持っている睡眠薬は、強い薬だ。飲めば数十分で強烈な眠気に襲われる。


「心苦しいようでしたら、ただ薬を捨てるだけでもいいですけど。とにかく痛み止めの作用がなくなればいいわけですから。演技の直前に薬がなくなれば、もう一度買いに行く時間もないし、以前と同じ状態では踊れないでしょう。あなたが優勝出来るかもしれませんよ?」


 鏡華は俯いて、ぶんぶんと首を振った。


「そんなこと、できるわけ……!」