鏡華はスマホを取り出し、そこに繋いだイヤホンで耳を塞いだ。

 あと数分でリハーサルだ。余計なことは考えない。

 聞いているのは今日踊る演目、眠れる森の美女の第一幕だ。

 眠れる森の美女のバリエーションも、難易度としてそれなりに高い。

 特に中盤にピルエット――爪先立ちでの回転が複数回続くところがある。

 とはいえ技術的なところは問題ない。何度も練習して、完璧に踊れる自信がある。


 それなのにどうも気持ちが落ち着かない。

一つだけ幸運なのは、ひかりより鏡華の演技の順番の方が早いことである。

 先にひかりの演技を見てしまえば、きっと平常心で最後まで踊りきれない。


 そもそもそんなことを考えている時点で、もう気持ちで負けているのかもしれないけれど。

 何としてでも、ひかりに勝たないと。


 そんな考えを堂々巡りさせていると、控え室の扉が開いた。

 部屋に入ってきたのは、ひかりだった。まだ練習用のレオタードだ。


「鏡華ちゃん、そろそろリハーサルだから声かけてって先生に言われたよ。私も鏡華ちゃんが行ったら、その後リハーサルなんだ」

「あぁ、ありがとう」


 鏡華は顔を逸らし、部屋にあるモニターをチェックしているふりをした。

 実際には、何の映像も頭に入って来ない。

 今日のひかりは、いつにも増してオーラのような、眩い輝きを放っている。

 これから衣装に着替えてメイクがすめば、さらにその輝きが増すだろう。


「……怪我は平気なの?」


 そう問いかけると、ひかりは白い歯を見せて明るく笑った。


「うん、大丈夫! ちょっと強めの薬飲んでるから。本番前に、念のためもう一錠飲むの」

「そんな強い薬使って、大丈夫なの?」

「今日だけだから。明日からは、きちんと休んで治療するよ」


 そう言って、ひかりは机の上にポーチを置いた。

 いつも気丈なひかりが、鏡華と話した一瞬だけ、顔に陰りを滲ませた気がした。

 どんなに精神的に安定していたって、十二才の少女だ。不安がないわけがない。 

 しかし次の瞬間、ひかりはもうバレリーナの顔になっていた。