「お母さんが、見に来てくれるの」

「……お母さん?」


 彼女は静かに頷く。


「私のお母さん、今、仕事で海外にいるの。私が小さい頃、お父さんと離婚して。私はずっとお父さんと暮らしていて、お母さんとは一度も会えなくって……。何度も手紙を送った。だけどお母さんから、返事が来ることはなかった」


 まったく知らなかった。

 ひかりの生い立ちに興味など持ったこともなかった。


 この学校の生徒は、ほとんどが裕福な家庭のお嬢様だ。バレエはお金がかかる習い事だから、当然といえば当然だ。だからてっきりひかりもそうだと思い込んでいたけれど、違うのだろうか。


「今回もダメだろうなって思いながら、手紙とコンクールのチケットを送ったの。元々、お母さんがバレエが好きだって聞いたことがあったから、バレエを始めたの。そうしたら、今回初めてコンクールを見に来てくれるって、返事がかえってきた」


 ひかりは鏡華の手を握り、必死に訴える。


「お願い、次のコンクールじゃダメなの。明日じゃないとダメなの! 

明日を逃したら、もう一生お母さんに、見て貰えないかもしれない。一生お母さんに、会えないかもしれない」


 真剣なひかりの様子に、鏡華は無言でレッスン室を去るので精一杯だった。 


 二人の様子を見ていた白露が、相変わらず冷たい声で笑った。


「怪我をさせるために来たはずなのに、ずいぶんひかりさんを配していたようですね」


 鏡華は思い切り白露を睨みつける。


「……あんなの、ポーズよ。心配したふりしとかないと、不自然でしょ」


 そうやって虚勢を張るのがやっとだった。


 今までひかりには、悩み事なんて一つもないと思っていた。

 いつも脳天気にへらへら笑っているし、唯一無二の才能を持っていて、周囲の人間からも認められている。


 けれどひかりが踊るのには、ひかりだけの譲れない理由がある。


 ――それを知ったからって、あたしはどうすればいいの?