「世界でトップを目指す人間しか残れない学校よ。人の何倍も練習しないと、上に行けないわ。油断してると、すぐにちぎられる」

「世界ですか。スケールが大きいですね。そういえばドイツ語の授業もあったけど、鏡華さんまだ十二歳ですよね? いつドイツ語を勉強したんですか?」

「二、三年前から語学スクールに通ってる。長期の留学は来年からだけど、短期で数日とか数週間、実際にドイツの学校でレッスンを受けたこともあるの。

まぁ今みたいに現地の人間とも会話出来るレベルになったのは、最近だけど。体当たりで適当に話しかけまくったほうが、教科書を見ているより上達も早いみたい」


 愛梨はしみじみと目を閉じる。


「鏡華さん、ものすごく努力してるんですね……」

「だって言葉が分からないと、何にも出来ないんだもの。先生からの指導はもちろん、そもそもレッスンのスケジュールを予約するのも自分でやらないといけないのよ。向こうでは一人暮らしだから、誰も助けてくれないし」

「えっ、留学って一人で行くんですか!?」

「そりゃそうよ。パパもママも仕事があるし、兄弟もいるからみんなで留学なんて不可能だもの」

「海外で一人で暮らすのって、心細くないですか? 私、小学生の時なんて一人で自分の部屋で眠るだけでちょっと怖かったですよ?」


 言い終わった後、愛梨はバカにされて笑われるかと、一瞬後悔した。

 しかし鏡華は笑わなかった。それどころか珍しく、少ししんみりした表情になる。


「そりゃ、まったく寂しくないと言ったら嘘になるけど……プロのバレリーナになりたいなら、日本にいてもダメなのよ。ここじゃバレリーナの仕事がほとんどないから。

海外の学校に入って、オーディションとコンクールをコンスタントに入れて、それでもプロとして生活していける人間なんて、一握り。それにもしプリンシパルになれたとしても、ケガで踊れなくなったら途端に無収入に追い込まれる」


 喋っているうちに目が覚えてきたのか、鏡華はだんだん饒舌になる。


「短期留学した時肌で感じたんだけど、アジア人が嫌いな人間もいるわ。あたしが日本人だからって理由で、レッスンを見てくれなかったこともある」

「そういう差別とかも、あるんですか……厳しい世界なんですね」


 鏡華は寝っ転がりながらファイティングポーズを作った。


「まあそういうやつは、全員技術で無理矢理こっちを向かせて来たけど」


 愛梨は思わず笑みをこぼす。彼女らしいなと思った。


「世界で活躍している日本人の素晴らしいプリンシパルだって、たくさんいるのよ」

「そういえばさっきも言っていましたけど、プリンシパルって何ですか?」


 その質問に鏡華は上半身を起こし、目をつり上げて怒る。


「あんたバレエ習ってたって言わなかった!? 何でそんなことも知らないのよ!」

「よ、幼稚園の時、数ヶ月やってただけですから……専門用語とかは全部忘れちゃって」

「プリンシパル。バレエ団によってはエトワールとかプリマ・バレリーナとも言うわ。バレエ団でダンサーの最高位を表す言葉よ。

プリンシパルは基本的に主役しかやらないの。秋の大会にはプリンシパルの叶野先生が審査員に来てくださっているから、どうしても優勝したいの!」