実際、鏡華には才能があった。
バレエスクールの教師に「この子は天才です」と絶賛され、鏡華は自宅の近所のスクールから、より専門的なスクールに活動の場をうつした。
新しいスクールでたとえ鏡華より上手な人間がいたとしても、鏡華は努力をかさね、その人間たちを次々に打ち破ってきた。
鏡華には天賦の才があったが、それ以上に努力家だった。鏡華の高慢な態度を咎める者はいても、鏡華の努力を認めない者は、誰もいなかった。
国内のコンクールでは出場する度に軒並み賞をもぎ取り、鏡華の噂はあっという間に全国に響き渡った。
鏡華と同じ年頃でバレエをしている人間で、鏡華のことを知らない少女なんてほとんどいなかった。
日本ではもはや彼女に敵う者はいないと絶賛された。
鏡華本人も、国内に敵はいないだろうと考えていた。
スクールもコンクールも、全部通過点にすぎなかった。
本格的にバレリーナを目指すのなら、活動の場をいずれ海外に移さなければならない。
日本という国はあまりバレエに熱心ではないし、バレリーナの仕事はほとんどないからだ。
他の優秀なバレリーナもそうだったように、鏡華は来年、十三歳になったらドイツに留学すると決意した。
コンクールの受賞歴も何度もあり、審査員からも太鼓判つきで推薦された。順風満帆だった。
――世界は自分のために回っているのだと、勘違いをしそうになった。