ふと神社へ行きたくなることを、『神様に呼ばれる』と表現することがあるらしい。なんともスピリチュアルな言い方だと思うけれど、特に伊勢神宮は神様に呼ばれやすいことでその筋の人たちには有名なのだとか。
なんだか私の今の状況、神様に呼ばれてるみたいだな。
そんなことを思いながら、人々が行き交っていたおはらい町とは打って変わって静かな路地裏を歩いていた。この辺りは古くからの住宅街のようで、昔ながらの木造の建物が立ち並んでいる。
誰かに呼ばれていたはずなのに、一向にその姿は見えない。なのに不思議と怖いという気持ちは消えていて、引き寄せられるように足が動いていた。
路地の奥で、ゆるりとはためく紺色の暖簾(のれん)が見えた。
あそこだ。
直感的にそう思って近寄ってみると、年季の入った木造の建物が顔を出す。
周りの古い住宅たちと大差ないように佇んでいるけれど、軒先で揺れる暖簾と引き戸の横にかけられた【営業中】の札が、ただ人が住むだけの建物ではないということを主張している。
趣があるというか、渋いというか。とにかく、建てられてからすごく長い年月を重ねてきたんだろうなという感じの雰囲気を醸し出していた。
店の中から漂ってくる煙たさと、優しい明かりが灯る赤提灯。
「『居酒屋お伊勢』……?」
紺色の暖簾に白く書かれていた文字を読み上げた。スンと息を吸えば、おいしそうな匂いが強く香る。
暖かいところで温かいものが食べたい。
そんな私の願いにぴったりの店が現れるなんて、今日の私はツイている!
そう思うと、なんだか急に元気が湧いてきたような気がして、ここに辿り着くまでにあった不思議な出来事なんてすっかり忘れた私は、なんのためらいもなく暖簾をくぐった。