この世界にきみさえいれば、それでよかった。



次の日。帰りのホームルームが終わったタイミングでスマホが振動していた。

画面を確認すると【着信 奏介くん】の文字。


胸騒ぎがして、すぐに電話に出た。



「もしもし」

『サユちゃんっ、ヒロが……』


ドクンと、心臓が大きく跳ねた。


そのあとバイクで学校まで迎えにきてくれた奏介くんと病院に向かった。

急いで病室に行くと、すでにヒロのお父さんとお母さんと美幸さんがいた。

慌ただしく看護士や医者が部屋を出入りしていて、ベッドの上で寝ているヒロは呼吸器をしていた。


「ヒロ……っ」

美幸さんが必死に声をかける。


何度も何度も医者は心臓マッサージをして、なんとかヒロを繋ぎ止めようとするけれど、部屋に響く心電図の音が次第に弱くなっていく。


「……ヒ、ロ」

隣で奏介くんが崩れ落ちたのを見て、これは現実なんだって分かった。


「ヒロ、ヒロ……!」と、ご両親が名前を呼んだところで、『ピー』という心電図の音。


静寂に包まれる病室で、医者はヒロの心臓マッサージをやめた。



「心臓が停止しても聴力は最後まで残ってます。なにか声をかけてあげてください」

そう言って、病室に私たちだけを残してくれた。



泣きじゃくるお母さんと、それを静かに見守っているお父さん。

声も出ないくらい呆然としている奏介くんと、ただ立ち尽くしているだけの私。


全然、夢の中にいるみたいな感覚なのに、悲しみだけがどっと身体に流れこんでくる。


そんな私を見て、美幸さんが手を引っ張ってヒロの近くへと連れていってくれた。


ベッドにいるヒロは本当に眠っているみたいな顔で、手を握るとまだ暖かい体温が残っていた。



「ヒロ」

名前を呼んだ。


返事はないけれど、きっとヒロに聞こえてる。

昨日、交わした言葉を頭の中で繰り返し考えて、私がかけるヒロへの最後の言葉。



「ヒロ、頑張ったね。もう大丈夫だからね」


もう胸の苦しさに耐えなくていい。

きっと、ヒロは私や残していく人たちのために、今日まで精いっぱい生きた。


生きてくれた。



――『ちゃんと生きてサユ。俺のぶんまで生きて』

ヒロの声が聞こえた気がした。



「約束、絶対守るよ。ありがとう、本当にありがとう、ヒロ」


ヒロはみんなに見守られながら、天国へと旅立った。


とても穏やかで迷いなんて一切ない、いつもの優しいヒロの顔をしていた。






一年後。またヒロと出逢った夏がきた。


去年と同じように毎日暑いけれど、今年の夏はパーカーを着ていないおかげで随分と過ごしやすい。
 

傷痕を隠さないようにしたら不思議と痕は薄くなっていった。

ヒロが天国へと持っていってくれたのかな、なんて最近は思えるほど、ヒロがいない毎日でも私はちゃんと息をしている。



……と、その時。


後ろを振り返ると、私を追うように砂浜の上を歩く小さな姿。

「おいで」と両手を広げて、私の元までたどり着いたところでそっと身体を抱き上げた。 


「見てごらん、綺麗な海でしょ?」と、問いかける。


「う?」

「海」

目の前には、コバルブルーが広がる綺麗な海。ヒロと最初に出逢った場所であり、ヒロと最後に過ごした場所。


きょとんと目を丸くしながら、キラキラと光る水面の反射を見つめているこの子の顔はヒロそっくりだ。


愛しくて、ぎゅっとしたところで「もう、勝手に歩いていっちゃうんだから!」と美幸さんが慌てて追いかけてきた。


「すいません。私が先に来ちゃったから付いてきちゃったみたいです」

「この子普段は人見知りなのに、サユちゃんのことだけは大好きなのよね」


この子はヒロが旅立った3か月後に、無事に美幸さんのお腹から生まれてきた。




すると、海辺にバイクの音が響いて、奏介くんも遅れてやってきた。

砂浜を走りながら「おーい」と手を振っていて、なぜか美幸さんは呆れた顔をしている。


「あんたさ、マフラー改造するのいい加減やめたら。超うるさいよ」

「えーカッコいいじゃないすか」

「だから彼女に振られんのよ」

「それ関係あります?」


こうしてみんなで集まることが多くなり、美幸さんと奏介くんのやり取りはまるでヒロがそこにいるかのようで、私はいつも笑ってしまう。 


「ほら、奏たんだよ、おいで」と、奏介くんが私に抱っこされている美幸さんの子どもに気づいて手を伸ばした。

 
「ふえ……っ」

急に泣きはじめるこのパターンはお約束。


「やっぱりダメかあ。子どもにはけっこう好かれるんだけどな……」

どうにか抱っこしようと毎回頑張っているけれど、いつも失敗に終わっている。


「この子はヒロにそっくりですからね。奏たんなんて気持ち悪いって思われたんですよ、きっと」

「ヒロみたいなこと言わないでよ」


「ね?真広」と、私が名前を呼ぶと、泣いていた顔が笑顔になった。




――真広(まひろ)

ヒロのようにまっすぐにと、真広。

みんなで考えた、愛しかない名前。



「さて、このあとみんなで美味しいものでも食べにいこうよ!奏介のおごりで」

「いつもおごってますよ、俺」


ヒロが残してくれた大切な人たちとの繋がり。だから私はもうひとりじゃないし、弱さも隠さないでいられる。


私は海風を感じながら、空を見上げた。


私がこれから大人になって、たくさんの言葉を覚えて、果てしない未来を生きたとしても、ヒロからもらった宝物は永遠に色褪せることはない。


眠れない夜は、まぶたの奥にきみを思い出して、人恋しくなったら、きみに抱きしめられたことを思い出して。

寂しくなったら……。


『サユ』

きみの声を思い出す。


だから、今はヒロがすごく近くに感じてる。


空を見上げて泣くこともあるけれど、ヒロのおかげで流れた涙は今日もすごく優しい。



ヒロ、見ていますか?

約束どおり下は向いてないよ。


ヒロ、天国はどんな場所ですか?

いつか私がそっちにいく時がきたら、たくさん話をしよう。


その日まで、私はちゃんと生きるからね。



「サユちゃん、行くよー」

向こうで奏介くんと美幸さんが呼んでいた。



「はーい!」

私は明るい一歩を踏み出す。


その瞬間、まるでヒロが笑ったみたいに、ふわりと心地いい風が私の背中を押した。



【涙で海ができるまで END】





あとがきです。


まずここまで読んでくださり、ありがとうございました!

久しぶりに「命」や「生きること」をテーマにした作品を書いて、私自身ツラくなってしまう箇所がいくつもあったのですが、こうして形にすることができてホッとしてます。


過去の出来事で深い傷を負ったサユと、生きてることに迷いながらも優しさを忘れなかったヒロ。

サユが作中で「きみは私のヒーローだね」と言う場面があったのですが、まさにヒロはサユの心の救いになってくれました。


なので、サユがヒロのことを大切になればなるほど、別れのシーンは苦しくて。

ヒロがいなくても大丈夫!なんて強い子でもないので、どうやってラストを書こうか迷いましたが、ヒロが残してくれた繋がりのおかげで最後は笑っているサユを書くことができました。


実はこの作品は私のデビュー作でもある「キミがいなくなるその日まで」とリンクさせた部分があり、作中に出てきた〝うしお浜〟という海はそのひとつです。

気になる方がいれば、そちらの作品も合わせてよろしくお願いいたします。



では、最後になりますが数ある作品の中から、この作品を読んでくださり本当にありがとうございました。


すべての方に愛と感謝をこめて――。



永良サチ


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