音が壁に吸い込まれていく。余韻まですっかり消えてしまうのを待って、ふたたび六本の弦をかき鳴らす。
馴染みのスタジオの壁は優秀だ。程よく音を反射させ適度に吸収する。
音色は四角い箱の中だけに響き繊細とは程遠い無骨な16ビートをアコースティックギターは刻み続ける。楽譜のないでたらめなメロディーが、生まれては消え、生まれては消える。
もうずっと使い捨ての曲ばかり奏でさせられていることを、十年来の相棒であるこのギターはどう思っているのだろうか。少し考えるふりをして、アクセントと同時に忘れた。
音が鳴り渡る。そしてやがて静かになる。
「ナナセ、入るぞ」
鍵をかけずにいたドアが開いた。わたしが弾き終えるタイミングを待っていたのだろう木村さんがスタジオに入ってきた。
「よう、首尾はどうだ」
「いつもどおりですよ」
「上々だな」
「それ嫌味ですか」
「悪くなってなきゃいいってことだよ。いつもどおりならよし、だろ」
「木村さんって相変わらずわたしに甘いですね」
「まあな」
時計を見ると、スタジオにこもり始めて五時間が経っていた。もっと過ぎていると思っていたから少し驚いた。
ギターをケースにしまい、特に使うこともなかった機材の片づけをして、放り捨てていた上着を羽織る。
「なんだ、まだスタジオを使える時間はあるから、ナナセが残りたいなら居てもいいぞ」
「大丈夫です。これ以上居ても何もできなさそうなので、もう出ます。まあ、久しぶりにスタジオで弾いたから気分転換くらいにはなったかも」
「そうか、そりゃよかった」
よくないことは、わたしも木村さんもわかっていた。お互いあえて口にしないようにしているけれど、内心は、言葉よりはるかに焦っていた。
歌詞もない空っぽのメロディーを弾き鳴らして満足するだけなら誰にでもできる。
ただの趣味としての音楽ならそれで構わないだろうが、素人ではないわたしに求められているものはこんなものじゃない。
わたしは、わたしにしか歌えない曲を書かなければいけない。