奈良まち はじまり 朝ごはん

事故とか、まさか自殺まではないだろうけれど、そういうのじゃなくて安心しちゃった。

「お前は本当にお気楽だな」

バカにした言いかたをしてくる雄也をにらんだ。

「なんでよ。幸せになれてよかったじゃん。ほんっとひねくれてるね」

「あきれたな。まだ気づかないのか」

丸イスで長い足を組んで雄也は見てくるので、眉をひそめた。

「気づく、ってなにをよ」

「おかしいところがありすぎるだろ」

雄也の言葉にふと我にかえった。

「考えても見ろ。筋を痛めたくらいで一週間も入院させてなんてもらえないだろ。手術の必要がないなら日帰りが普通だ」

それって……。イヤな予感が浮かんでくる。

「会社の人も、いくら救急車で運ばれたからといって、スマホをほったらかしにはしないだろう?」

「あ! そういうこと?」

バンとカウンターに両手を当てて半立ちになって雄也を見るが、なにも言わずに私を見ているだけ。

そっか、そういうことだったのか……。

「雄也は千鶴さんがどこにいるか知っていたってこと? 竜太さんに結婚の意思を固めさせるために?」

とぼけた顔をしている雄也に頭がくらくらした。

「ちょっと待って。普通そこまでしないよ。竜太さんがどれだけ心配したかわかっているの? 警察にまで行ったんだよ?」

なに考えているのかわからない。

今思うと、雄也は初めから無関心だった。いつものことだと思っていたけれど、それが作戦だったとしたら……。

「結果オーライだったろ。竜太は結婚を決意したんだから」

「だからって」

たしかに今回の事件がなければふたりはずっと結婚に踏み切らなかったかもしれない。だけど、それって『作られたきっかけ』だもの。

「フェアじゃないよ。雄也が千鶴さんに『しばらく失踪しろ』ってアドバイスしたの? ひょっとして、ここにずっと千鶴さんをかくまってたとか?」

「まったく、お前はあいかわらずの低能だな。俺がそんなめんどくさいことに関わると思っているのか?」

そう言うと、雄也はシンクに湯呑を置いてから続けた。

「全部、千鶴がひとりで考えてやったことだろう」

「え?」

思考がついていかない私に雄也は言う。

「脚本、主演が千鶴だったんだよ」

「……それはないでしょう」

半笑いで言うが、雄也は表情を崩さない。
「千鶴は結婚したかった。だけど、彼氏はあんな感じだ。最初に会った日に言ったとおり、結婚はあきらめかけていたんだろうな。だが、腰を打ったときに竜太が見せた『会議があるのを忘れていた』という素人以下の演技、さらにはお前の結婚についてのバレバレの意思確認。竜太が結婚を意識しだしていることを知った千鶴は、本能のままに行動しただけさ」

あの日の会話でそこまで……?

「だからってこんな大きなこと起こさないでしょ。想像だよ」

「筋を痛めたのは本当だろうな。それを利用してしばらく隠れていたんだ。今日だって、俺が千鶴に会ったのはこの店の前でだ。あいつはスーパーの袋を持って立ってたよ。最後のシーンを演じるために」

背筋になにか冷たいものが走る感覚。

あのやさしそうな千鶴さんがそこまで……。

「その表情。どうせ千鶴が怖い、とか思っているんだろ?」

「べ、べつに」

バレバレのウソに、やはり自分の演技力のなさを実感。

「怖くないさ。千鶴にとっても一世一代の演技だったわけだし、むしろああでもしないと、竜太は一生自分の本当の気持ちに気づけなかっただろうしな」

「でも、穏やかな人だと思ってたからびっくり」

「本当に手に入れたいもの、守りたいものがあれば人は変わるんだよ。なにもせずに失ってから嘆くくらいなら、行動する。それがわかったから俺も合わせてやったんだ」

きっと、失った穂香さんのことを思っている。だから、瞳に悲しみが浮かんでいるんだ。見つめられていることに気づいたのか、「それに」と、雄也はニヤリと表情を変えた。

「大人になりきれていない竜太に、あれくらいしっかりした千鶴はピッタリだとは思わないか?」

「まぁ、言われてみれば……」

自由な竜太さんに天然な千鶴さんも素敵だと思うけれど、むしろ片方がしっかり者ならもっと安心だ。

「あの竜太の顔を見たろ。あいつは気づいたんだよ、なにが大切なのかを」

クスクス笑った雄也になんだか力が抜けてしまう。

「前は『恋愛なんて錯覚だ』って言ってたくせに」

「そう、錯覚だ。だけど信じていれば形になったりするのかもな」

「恋愛って怖いんだね……」

唇を思わずとがらせてしまうと、雄也は珍しく声に出して笑った。
「そういう物の見方は彼女に失礼だろ。幸せになるには待っているだけじゃダメ、ってことだよ。俺は千鶴の行動力を称えるけどな」

立ち上がって店の奥に引っこもうとする雄也が振りかえって言った。

「千鶴は幸せを自分の手でつかんだ。それでいいだろう?」

「……うん」

納得できないまま曖昧にうなずくと、

「いろいろお疲れさん」

あっさりと雄也は奥に消えた。

「……お疲れ様です」

残された私は、横にいるナムを見た。

「恋愛って奥が深いんだね……」

ナムはあくびと一緒に、

「なーん」

お気楽に答えてから、また目を閉じた。

少しだけ人生経験が増えたような気分。たとえるならゲームの主人公のレベルがひとつ上がった感じ。

帰り支度をして戸を開けると、まぶしい光が目に飛びこんでくる。

夢から覚めたような気分で、私は夏の町へ足を踏み出した。

盆地の夏の暑さはすさまじい。

溶けそうにうだるような暑さが連日続いていて、それを身をもって体験しているところ。

山に囲まれた土地に熱気が閉じこめられて、このまま永遠に暑いのではないか、と思うほど。

手葉院の長い階段は、苦行のように体から力を奪ってゆく。

毎日、お店のそばにあるこのお寺に食事を運んでいるけれど、未だにその意味がわからない。特にお世話になっているわけでもないのに、なんで和豆のためにこんな苦労しなくちゃいけないのよ。雄也が仏様を信じているとはとても思えないし、ひょっとしてふたりはデキているとか?

愛を語り合うふたりを想像して思わず身震い。

ようやく階段を上り終え、短い参道から裏口に足を向けようと思ったときだった。

「あら、そうなの? イヤだ、うふふふ」

野太い、いや、オカマっぽい和豆の笑い声が聞こえて足を止めた。

見ると、裏口からスーツ姿の男性がふたり出てきて、ペコペコ和豆に頭を下げている。

「じゃあ、またお伺いしますので」

年配と思われるスーツの男性がそう言うと、

「本日はありがとうございました」

隣の若手スーツが勢いよく腰を折った。

「いつでも来てくださいな。特に、そっちのアナタ」

クネッと和豆に指をさされたのは、若いほうの男性だった。

「あなたなら、夜に来てくれてもいいのよ。おもてなしするから」

「あ、あははは」

引きつった笑いの男性に和豆が、

「イヤだ、冗談よ冗談。おほほほ」

と、目だけは真剣なままで笑う。絶対に冗談じゃない。

まるでホラーのような光景。

実際、逃げるように早足ですれ違った男性たちの顔は恐怖にゆがんでいた。

私に気づいた和豆が、

「ちょうど良かったわ。お腹がすいたとこよ」

と、ウインクしてくる。

「一般人をからかわないこと」

と忠告してからお盆を渡す。

「あら、聞かれてたの? でもあの子、おいしそうじゃない?」

舌なめずりをするその姿は、ホラーというより妖怪っぽい。被害者になるかもしれないスーツ姿が階段に消えてゆく。もうここに来てはいけないよ、と心で念を送っておいた。

「誰なの?」

「市役所の人たち。すっごくいい話が現在進行形で進んでいるのよぉ」
興奮しているのかテンションの高い和豆を促して、裏口の中に押しこんだ。外にいるとあっという間に日に焼けてしまいそうだったから。

「で、なんの話だったの?」

いつもの部屋に上がり腰をおろすと、冷たい緑茶を出してくれた和豆が、書類の束を見せてくれた。

「これよ、これ」

横書きの用紙の上部には【ならまち郊外地整備計画について】と記してある。

「整備計画? え、ここが整備されるの?」

驚いて尋ねると、茶粥を食べながら和豆がうなずく。

「手葉院が建っているこの小さな山はうちの持ち物なのよ。それを平地にして観光客用のショッピングモールにしたいんですって」

「へぇ」

そんな計画があるんだ……。手元の文章には、この山の権利を市に譲渡してほしい、ということが書いてあった。地図が書かれた用紙が二枚目にあって、見るとこの手葉院はけっこう広い敷地であることがわかる。

「このお寺はどうするの?」

「それはね、次のページを見て」

促されるまま三枚目をめくると、パソコンで描かれたと思われるお寺のイラストが現れた。立派な建物の横には『手葉院』と書かれた大きな看板が。山門だって、ずいぶん大きく見える。

「建て直す、ってこと?」

私の質問に、「そうなのよ〜」と甲高い声をあげて和豆は喜んでいる。

「しかもね、その場所がすごいの。奈良県庁のすぐ裏側にある土地なの。山の敷地面積の半分にも満たないけれど場所は一等地よ。そこと交換してくれるんですって!」

目をキラキラさせている和豆に疑問を感じた。

「そんなおいしい条件ある? ひょっとして騙されてるんじゃないの?」

「やあね。あたしは慎重派で有名なのよ。しっかり裏は取ってあるってば」

ふうん、ともう一度イラストを見た。たしかに古すぎるこのお寺は地震でも起きたら一瞬で崩れそうだし。

「でも、宣伝とかあまりしたくない、って言ってなかったっけ?」

「それはここが古いからよ。恥ずかしいじゃない、観光客に笑われるもの。でも、新しい場所なら期待できるわ。なんてったって東大寺のすぐそばなのよ」

そこで言葉を区切ってから和豆は「それに」と続けた。

「外国から来た観光客の殿方と触れ合えるチャンスじゃない!」

ひとりで盛り上がっている和豆は、ガツガツとおかずを口に運びながら言った。

「そっか。じゃあ楽しみだね」
「きっと、これまでがんばってきた私に神様からのご褒美なんだわ。神様、ありがとう」

両手を組んで宙を見上げているけれど、それってキリスト教の祈りのポーズだし。

少し寂しい気もするけれど、この長い階段を上らなくてすむなら私としても反対する理由もないわけで……。

そんなことを考えていると、

「でも、雄ちゃんが首を縦に振らないのよね〜」

と、和豆が言ったものだから思考は中断された。

「なんで雄也が関係あるの?」

「だって、雄ちゃんの店がある土地も対象になっているのよ。あそこも、うちの土地なのよ」

さっきの地図のページに戻ると指先で雄也のお店を探す。手葉院のすぐ下にある場所……そこの小さな建物の四角形も赤く塗りつぶされている……。

「ウソでしょう? 雄也の持ち家じゃないの?」

顔を上げる私に和豆は、きょとんとしている。

「あら。知らなかったの? もともとはそうだったんだけどね、お店を作るために改装するときにうちが買い取ったのよ」

「じゃあ、毎月家賃を払っているんだ……」

てことは、朝食の配達を断る権利は雄也にはないってことか。

「詩織ちゃん、なんにも聞いてないのね。家賃はこれ、よ」

和豆は今まさに自分が食べている朝ごはんを指さしてニッコリ笑った。

「これ? 朝ごはんのこと?」

「そうよ。あたしからのリクエストが毎日ごはんを差し入れてもらうこと、だったの」

うふふ、と笑って和豆が言うから頭はこんがらがるいっぽう。

「お金じゃなくて?」

「あたしにとっては、お金以上の価値なのよ。だって大好きな雄ちゃんの手作りよ。それにふたりっきりでお話もできるし。……まあ、最近は雄ちゃんじゃなくてあなたが来てばっかりだけど」

不服そうな顔をギロッとにらんでやった。私だって好きで来てるんじゃないのに。

「ということで、このお寺と一緒にあなたたちのお店も移転することになるのよ。楽しみねぇ」

ぽわん、と想像の世界に行ってしまった和豆をよそに、なにも聞かされていなかったことに疑問が残ってしまう。

でも……。新しい場所で新しいお店かあ。

きっと今まで以上に忙しくてたくさんの人が出入りするんだろうな。観光客もたくさん来るだろうから、外国語も覚えないと。

なんだか急に楽しみになってきている私。
いつの間にかごはんを食べ終わっていた和豆が「ごちそうさまでした」と、手を合わせてから言う。

「さ、そういうわけだから一緒にお店に行きましょう」

「お店に? なんで?」

「雄ちゃんを説得するのよ」

「説得、ってことは雄也は反対してるの?」

私の質問に和豆は顔を思いっきり近づけて言った。

「それを説得するのがあなたの役目よ」

幽霊でも妖怪でもなく、その顔はまるで悪魔のように見えた。



店に戻って雄也に『整備計画』のことを尋ねると、あっさりと、

「ああ」

と、認めたから拍子抜けしてしまった。

「どうして相談してくれないのよ」

なんだか疎外感を感じてしまう。ムダなこととわかっていても抗議してしまう私に、ナムにお昼ごはんをあげていた雄也は眉をひそめた。

「相談する必要なんてないだろ」

「は? 一応、私ここの従業員なんですけど」

「言わなくてもわかってる」

不機嫌になったとき特有のうなり声が始まった。でも、ちょっとくらい相談してくれてもいいのにさ……。厨房に入ってしまった雄也を追いかけながら、なおもぶつぶつ言う私に、

「雄ちゃんの気持ちは変わったかしら? いい話だと思うのよ」

イスに座った和豆がやさしく尋ねるが、雄也は答えない。

和豆がアイコンタクトのように目くばせをしてくる。

はいはい、わかりましたよ。

「私もそう思う。県庁の裏側っていったら一等地なわけじゃん。お店も新しくなるし、反対する理由はないでしょ?」

階段も上らなくてすむわけだし、という意見は置いておくとしよう。

雄也がトウモロコシの皮を剥きだした。

まるで私たちの存在などないかのように完全無視状態。

「雄ちゃん、あたしだって手葉院にはそれなりに思い入れがあるのよ。でも、新しい場所に移ればこれまで以上にきちんとお客さんも呼べるようになると思うの」

無視は続くが、めげずに和豆は笑顔のまま。

「もちろんこれまで同様に、家賃は朝ごはんの差し入れで十分よ」

無視はまだ続く。

さすがに困った顔になった和豆が、今度は私をにらんできた。どうにかしろ、って脅しているのがわかる。

「ねぇ雄也。和豆が困ってるじゃない。ちゃんと話をしてよ」

すると、雄也はまとめてトウモロコシの皮をゴミ箱に捨てると、

「話はこの間しただろうが。俺はここから動く気はない」
と、低音ではっきりと言った。

「でも、この土地は和豆のものなんでしょう?」

「そんなのはわかっている。だから、ここを売るなり焼くなり好きにすればいい、と言ったはずだ」

そう言うと、雄也は乱暴に戸を引いて奥に引っこんでしまった。

─ドンッ。

と、大きな音がして閉まる戸を呆然と見送った。

「……ウソ。今、ここを売る、って言った? 要するに、店をたたむってこと?」

「そうなるわね」

はぁ、とため息をついた和豆を見て、もう一度奥を見た。エサ置き場から厨房を覗いてくるナムと目が合う。

「てことは……。私……また無職になるの?」

誰に話していいのかわからずに、ナムに向かってなぜか私は尋ねていた。

ナムはまるで意味がわかっているかのように、

「なん」

と、短く答えた。

翌日の昼過ぎ。

買い物帰りに猿沢池でぼんやりとベンチに座っている私。

今日もすごい人出でにぎわっているけれど、スーパーの袋を持って悶々としている人なんて私くらいのものだろう。

「困ったな……」

昨日からずっと考えていて気がついた。私の憂鬱の原因は、無職になるってこともあるけれど、なにより雄也が私に相談してくれなかったこと、それがショックだった。

この四カ月で、自分で言うのもなんだけど、無口な雄也にもそれなりに信用されているような気がしていた。少しは心を許してくれていると思っていた。

だけど、違ったんだね。

結局私はただの従業員。雄也にとっては相談する義理もなく、閉店することすら事後報告……いや、報告する気もなかったのかもしれない。

「それってひどいよね」

ひとり言をつぶやいていると、

「あら。また会ったな」

園子ちゃんの声がした。

「うわ。どうしたの、その格好」

驚いて声を出したのは他でもない。いつも派手な服の園子ちゃんが、今日は浴衣に身を包んでいたからだ。ひまわり柄の浴衣姿に和紙で作られた日傘をさしている。メイクはこれまで通り乗せまくりだけれど、和装は見たことがなかった。

「ああ、これ?」

少し照れたように園子ちゃんは自分の浴衣を見おろした。

「今日から『燈花会』が始まるからな」

「燈花会?」

なにそれ? という私の表情を確認して園子ちゃんは笑った。
「そっか、奈良の夏は初めてやもんなぁ。燈花会、ってのは今日からお盆の十五日まで毎晩この辺りでおこなわれるイベントのことや。赤いシャツを着た担当の人がさっきから準備してるで」

「へぇ、お祭りみたいなものですか?」

浴衣で参加することといって思い浮かぶのは、夏祭りとか盆踊りくらい。

「もっと大人なイベントや。磨りガラス風のコップの中にろうそくを灯してな、夜に道の端や公園に置くねん。想像してみ? この辺りがろうそくの灯りでいっぱいになるんや。めっちゃ綺麗やで」

「へぇ……。それ、見てみたいな」

夜の奈良がきっと違ったように見えるんだろうな。

「ここの猿沢池はもちろん、興福寺や東大寺、春日大社にいたるまでこの辺り全体が幻想的な光に包まれるんや。その数、なんと二万個。詩織ちゃんも雄ちゃんに連れていってもらうとええわ」

最後の言葉に表情が固まる。そうだった……私は今、絶賛憂鬱中だった。

「なんや、またケンカでもしたんか?」

意地悪く顔を覗きこんでくる園子ちゃんに、

「実は……」

私は憂鬱の理由を園子ちゃんに話した。

店がなくなることを知らなかった園子ちゃんは、周りに響き渡るくらいの大声を出して驚いていたけれど、話を聞き終わった彼女が言った言葉は、

「まぁ、しゃあないな」

だった。

てっきり一緒に怒ってくれると思っていた私にとって、それは予想外の反応だった。納得できない顔をしている私を見た園子ちゃんは、「まあ」と言葉を続けた。

「詩織ちゃんの怒る気持ちもわかるけどな、雄ちゃんはそんな薄情やないって。詩織ちゃんのことも考えてくれてるはずや」

そんなこと言われたって信用できない。

だって、現に今日尋ねなかったら閉店の日にいきなり、『今日でクビ』って言いそうな感じだったし。

「あのな……」

そう言った園子ちゃんが池を見やった。

「雄ちゃんはあのお店を本当に大切にしてるんやと思うわ」

「でも、新しいお店に行けばもっと繁盛して─」

「そんなこと望んでへん。商売として儲けようとしてるんやったら、ならまちのはずれでなんてお店を開かへん」

ふう、と艶のある息を吐いて園子ちゃんは私を見る。

「雄ちゃんはあそこで穂香ちゃんを待っているんや」

「あ……」

そうだった。この間、そんなことを言っていたはず。移転の騒動ですっかり頭から抜けてしまっていた。