自分は強い人間だ。そう思って今日まで生きてきた。
悲しい出来事が起きても動揺なんてしたことがなかった。
「そういうこともある」と、いつも受け入れて、ちゃんと前へ進んでこれた。
だけど、あの日。
足元が崩れてゆくような感覚を生まれて初めて感じた。
描いていた世界は一瞬で色を失くし、音も遠くへ去って行った。
――そんな人生最悪の日。
私を救ってくれたのは、偶然食べた朝ごはん。
無愛想な店主の作る朝ごはんは、温かくてやさしくて。
凍りつきそうな心を溶かしてくれた。
そのときの私はまだ知らなかった。
あの朝ごはんが、自分の人生をも変えることになるなんて。
四月一日、月曜日、晴れ。
新しい人生のはじまりの日。
本当なら今ごろ、奈良の中心部にある職場で希望にみちあふれて仕事をしていたはずだった。
今日まで何度も繰りかえした自己紹介の練習も、先輩への笑顔の作りかたも、全部ムダになってしまったなんて、今でも信じられない。
――新社会人として初出社の今日、会社が倒産してしまったのだ。
経験したことのないショックに打ちのめされた私は、いつしか奈良の町をさまよっていたらしい。
借りたばかりのアパートに戻るにはバスに乗らなくちゃいけないのに、それすらできないほどに自分を見失っていたみたい。
おろしたてのパンプスがすれて痛むかかとにも、ようやく今気づいたところ。
「最悪……」
つぶやく声にすら力が入らない。
四月の空には雲がひとつ、のんびりと流れてゆく。
ここは行き止まりの道らしく、小さな古い平屋建ての家の前にある木製のベンチに腰かけていた。
……いつからここに座っていたのだろう。
どこをどう歩いてきたのかすら思い出せないなんて、よほど呆然としていたのかも。
座っているベンチの右奥には行き止まりの道が見え、石でできた階段があるだけ。
正面には手入れされていない畑があり、駅前の風景とはずいぶん違っている。
見覚えのある景色ではなかった。