うなずきながら玄関を出た。

スーツ姿と比べると、こういう薄手の服を着て、二の腕や身体のラインが出ていると、ぐっと筋肉質なのがわかって、よりたくましく見える。

それにしてもラフで、スリーピースでびしっとアドバイザーをしていたときと同じ人とは思えない。ちょっとかっこいいお兄さんて感じだ。


「久人さん」


エレベーターで下る途中、スエットのポケットに片手を入れて、壁に貼ってあるメンテナンスのお知らせを眺めている久人さんに声をかけた。


「ん?」

「手を繋いでいただけませんか」


びっくりした顔がこちらを振り返ったとき、ちょうどポンという音と共に、ロビー階に到着した。

久人さんは私をじっと見て、やがて「ダメ」と言い置いて先に降りてしまう。

ダメですか!

ショックにしばし呆然とし、エレベーターに扉を閉めると言われて慌てて降りた私を、彼が待っていてくれる。


「コンビニ、近すぎるから」


肩越しに私を見下ろす、柔らかな笑顔。


「繋ぐのは、帰り道ね」


天国のお父さん、お母さん。

私、素敵な旦那様と出会いました。




「あ、ご両親の記憶、あるんだね」

「ありますよ。ふたりが亡くなったのは私が中学二年生のときです」


歯を磨いて寝室に戻ると、久人さんはもうベッドに入っていた。部屋の照明を消し、枕元のライトで本を読んでいる。

眼鏡だ。

ベッドは久人さんが横になってもゆとりがあるサイズだ。タオルケットの端を持ち上げてくれたので、そこに潜り込んだ。


「いい眺め」


私のほうを見てにこっとするので、なにかと思ったら、借りたTシャツが大きくて、前屈みになっている私の胸元が丸見えなのだった。