視線を浴びた久人さんは、軽く咳ばらいをし、「失礼しました、緊張しています」と恥ずかしそうに微笑んでみせる。その様子は場を和ませた。


「僕は、ありがたいことに自分でも商売の真似事をさせてもらっており、失敗もしましたしそれなりに敵もいます。ですが約束したことは、必ず実行してきたつもりです」


再び話し始めたときには、朗らかで落ち着いた声に戻っていた。


「それは僕の矜持でもあります。今日も、この場の皆様方に、約束させていただきます」


ぴっと姿勢を正し、私の側の参列者に、まっすぐな微笑みを向ける。


「桃子さんをいただける光栄を決して忘れず、大切にします」


彼の視線は、仲人である叔父から私の祖父母をたどり、私に行き着いた。その目が一瞬だけ優しく細められ、それから言葉の重みにつられるように伏せられる。


「一生涯」


私はその後、自分の番になにを言ったのか覚えていない。

三か月後、準備期間半年の結婚式がつつがなく執り行われ、私と久人さんは夫婦になった。


* * *


「で、いつまでまだこのマンションにいるの」

「少なくともあと一か月…」


新居にと購入したマンションの完成が遅れ、引っ越す予定が狂ってしまったのだ。久人さんももちろん、これまで住んでいたところにまだひとりで暮らしている。

つまり生活としては、結婚前とまったく変わりない。

千晴さんは、キッチンにいる私に、ダイニングから値踏みするような目を向けた。


「ちゃんとデートとかしてるの?」

「久人さん、忙しいから…」

「出た!」

「でも、この間まで結婚式の準備で、しょっちゅう顔を合わせてたんだし」


少し会えないくらい、そうさみしくもない。


「今度、ごはん行こうねって約束してくれてるし」


結納からこっち、どんな場に出ても立派だった久人さんを認めざるを得ない千晴さんは複雑そうに、チッと舌打ちした。