ちょっと驚いたような顔がこちらを見た。それから、ふっと笑顔になる。


「じゃあ、俺も幸せだ」

「そういえば、私こそお役御免ですね。商社に入るために結婚したんですもんね?」

「またそういう意地悪?」


今度は困り顔。くるくる表情の変わる久人さんに、私は笑った。


「もう今は、違うよ」

「なにがですか?」

「結婚してる理由だよ…」

「どう違うんですか?」


久人さんの顔が赤らんでくる。「言っただろ」と怒られたので、このへんで勘弁してあげることにした。

少し歩いたところで、彼が口を開いた。


「子ども、つくろっか」


私はびっくりした。そういえば一度も、そんな話をしたことがなかった。


「はい」

「樹生のとこ見てると、いいなあって思うんだよね、でも…」


久人さんの視線がうろうろし、地面に落ちる。彼がなにを心配して、言えずにいるのか、わかった。

繋いだ手を、ぎゅっと握った。


「生まれてくるのは、久人さんの子です」


久人さんと私の子です。

子どもが受け継ぐのは、血や遺伝子だけじゃありません。あなたがお義父さまとお義母さまからもらった愛情を、受け継いで生まれてくるんです。

大丈夫。あなたの子は、きっとあなたの敬愛するご両親に、どこか似ています。


「…父さんと、あのあと会社で会ったんだ。『言い忘れた』って言うんだよ」

「なにをです?」

「『恩は親に返すものじゃない。与えられたと感じるものがあるなら、同じものを自分の子に施しなさい』ってさ」