「すみません、私がちゃんとお連れするべきでした」

「あんまり頻繁に来ないんだって言ってたね」

「そうなんです」


お墓参りというもの自体、我が家ではそんなに重視されていなかった。お墓に誰がいるわけでもないし、というのが両親の言い分だった。


『あんな辺鄙な場所に子孫を通わせるくらいなら、墓になんか入りたくない』


口癖のようにそう言っていたので、私もあえて、命日にしか来ないようにしていたのだ。そのぶん月命日には、家に花を飾り、千晴さんと食事をした。


「…ほかには?」

「ありきたりなこと。桃子さんを幸せにしますって」


水道の横の棚に、手桶と柄杓を返却する。ざっと手を洗い、木戸をくぐった。

私は、久人さんが今日、ワイシャツとスラックスで、ネクタイまで締めている理由にようやく思い至った。樹生さんの家に遊びに行くにしてはかちっとしているな、と不思議だったのだ。

境内を出ると、ようやく深呼吸してもいい気分になる。久人さんも、うーんと伸びをした。あの大きな石碑をふたつも磨くのは、重労働だっただろう。


「ここに来ると、必ず寄るレストランがあるんです」

「俺も行っていいの?」

「もちろん。歩いてすぐです」


先に立って歩こうとした私の手を、久人さんが握った。にこっと笑い、「こっち?」と手を繋いで歩き出す。


「久人さん」

「ん?」

「私、もう幸せです」


車も通らない、静かな細い道路。左手はお寺の塀が続き、向かい側は見渡すかぎり、青い稲が揺れる田んぼだ。


「幸せって、なんだろ」

「大好きな人がいて、してあげたいことがあって…きっとしてあげられるっていう希望がある。そんな感じじゃないでしょうか」