「もう卒業まで時間がないねん。頼む、慶太くん」
切羽詰まった表情は、全国放送された甲子園の一回戦、惜しくも一点差で敗れた瞬間のキャプテンの顔だった。高校卒業後は大学野球のため関西に戻ると決まっているらしい彼の目には涙のようなものさえ浮かんでいる。
「協力してくれへんか、俺に」
「え……」
俺のそれとは色も質感もまるで違う、けれど意外にも繊細そうなふたつの掌が俺の手を握っている。
これまでの人生のほとんどを照りつける太陽の下で生きてきた男、たぶん俺とは正反対の男。
返事をしたつもりなんてなかった。
けれど彼の熱に負けた脳は勝手に筋肉に指令を出したらしい。俺の首はこくんと縦に振られていた。
「……ありがとう!慶太くん!」
「……っぷ」
勢いよく大きな身体に抱き締められ危うく窒息しそうになる。
満面の笑みで携帯の連絡先の交換を強要されたあと、ようやく解放された俺は半分放心状態で教室へと戻った。
中岡に預けておいたコロッケパンの残りを受け取ると、「で、どうだったんだよ」と興味津々の顔で問い詰められる。
「どうって……?」
「だーかーらー、呼び出しの理由だって。慶太、森田なんかと接点ないじゃん」
中岡はあっさり森田と呼び捨てにしたが、奴の目の前で奴をそう呼ぶ勇気のある男じゃないことは間違いない。
「姉貴だよ、姉貴」
答えてからコロッケパンを口に押し込む。あと4分で、昼休みが終わる。