そのとき、グラウンド中央から、Aチームのロングパスが飛んだ。


僕はそれを阻止しようとしたが一歩及ばず、パスを通してしまった。

けれどすぐにそれ以上自由に走らせまいと、相手にピッタリと張り付いて守り続けた。



長い距離を走ったあとなので、息が苦しい。

足がだんだん重たくなってくる。

だが、ここで力を抜けばたちまちドリブルでかわされてしまうと思い、足を動かし続けた。


一瞬、ボールを持っている相手が僕の後ろを見た。

激しい足音が近づいてくる。ものすごいスピードだ。


Aチームの選手が走り込んできているのを感じ、振り返る。



……相良だ!


走り込んでいる彼を味方のディフェンスも追ってはいるが、追いついていない。相良がボールを受け取ろうと僕の方へ走ってくる。


その瞬間、僕の目の前からパスが放たれた。
今までの僕だったら、そこで相良の方へ突っ込んでいたのかもしれない。

しかし、ガムシャラにやっても、技術のない今の僕には相手のボールを奪うことはもちろん、攻撃を止めることさえできない。



僕は、必死に状況を把握することに努めた。


そして、軽やかなトラップでボールを受け止めた相良と、目が合った。


僕は彼の方に勢いよく一歩踏み出す。


相良だったら、こんなとき……。



僕は二歩目を、相良の方ではなく、ゴールのある中央のスペースに踏み出した。




……それと、相良がゴールに向かって短いパスを放ったのは、同時だった。


僕には、Aチームの選手が背後を回り込んでいる姿が見えていたのだ。


そして相良はその味方にパスを出すだろうと、とっさにに判断した。



僕が足を踏み出したことで不意をつかれた相手は、一瞬たじろぐ。


そしてボールを受け取る瞬間、僕のスライディングタックルを受けることになった。


僕の足が、ボールを真正面からとらえる。


はじかれたボールは、相良を追っていた味方の選手に届けられる。


攻守が入れ替わる瞬間だ。
そしてそのまま、今まで守りに戻ってきていた選手が一斉に相手ゴールへと走り出した。

Aチームの選手はまだ守りに戻ってきていない。

パスを出せる選択肢が無数にあった。




……その勢いで、Bチームとしては久しい先制点を奪うことに成功したのだった。


守りは、攻撃の起点。

勢いのある相手の攻撃をうまく止めたとき、チームには一体感が生まれる。



……その瞬間が、僕は好きなのだ。


だから、僕はディフェンダーをしている。


そのことを、感覚的に思い出すことができた瞬間だった。



「ナイスでした、立樹さん!」


ゴール後、僕がパスをつないだBチームの後輩がハイタッチを求めてきた。僕はそれに応える。




パシン、といい音が奏でられた。
「さっきはやられたよ」


 休憩中、相良は笑いながらそう言うと、水を一口飲んだ。


「まぐれかもしれないけど、ああいうプレーををずっとしたいと思ってたんだ」


「怪我治ってからも、毎日朝練がんばってるもんな。

日比野、なんか変わったよ。
焦りがなくなったっていうか、周りがよく見えてるっていうか」


相良は、長い両手を上げて大げさに驚いたような素振りを見せた。


「ようやく体力も持つようになった感じするよ」


僕は、自分が疲れにくくなっていることも感じていた。

「うん。そりゃよかった。
その調子でどんどんいけよ。早く一緒に試合出たいし」



「がんばるよ」


水は僕の喉をすっと通っていき、さっぱりと潤してくれる。


「おい日比野」

 給水ボトルをかごに戻しているところで、遠山監督が声をかけてきた。

「休憩明けから一回Aチームに入ってみい」

「えっ! 本当ですか」

 思いがけない言葉だった。
「嘘なんか言わへんわ。ディフェンダー、樋口と交代な」


「は、はい!」

「やったじゃん、日比野!」




相良が、自分のことのように喜んている。


今まで逃げていた自分が、一歩を踏み出すことができた気がした。
僕が見出した、自分の可能性。

それは、ディフェンスに集中すること。


粘り強く守るなかでも、ガムシャラにならずに相手の動きをよく見る。

そして状況を把握し、チャンスを見つけたら思い切って判断し、相手のボールを奪いにいく。


 あのプレーのあと、監督にAチームに入るように言われたことで、僕がこのチームでやるべきことがはっきりとわかった。



では、男の子が見出した自分の可能性はなんだったのか。


男の子は、夢の中で白鳥の話を聞いてから、自分ができることを考えた。



僕と同じように、選手として。


教頭が言っていた『応援役』に回ってしまっては、それは〝逃げ〞になると考えたのだろうと思う。
夢からさめると、男の子はあることを心に決めてから学校へ向かいました。


そして、大なわとびの練習のとき。男の子は、クラスの仲間に、勇気を出してあることをたのみました。


「ぼくをぬかして、みんながとんでいる様子を見せてくれないかな」


ただがんばるのではなくて、男の子は考えようとしていました。

クラスのために、先生のために自分ができることはなんだろうと。


男の子は、そう考えながらよくみんなを見ました。とんでいる景色と、それはまったく違っていました。


ニージュイチ、ニジュニ、ニージュサン……


次々となわをとんでいくみんな。


やっぱり自分がいたせいで、とべていなかったんだと男の子は心を痛めましたが、今はそんな場合じゃないと、引っかかってしまう理由をさがしました。


タァン、タァン、タァン。


男の子の目は、とんでいる友だちから、なわに向けられるようになりました。しなりながら回るそれをじっと見て、音を聞きました。


そして、気がつくのでした。


なわが、ゆかにバウンドしてるんだ。


みんながなわに引っかかっているとき、必ずなわがゆかに当たって小さくはね上がっていました。
それと、なわの回る速さが同じでないことも理由だと思いました。



もしかしてと思い、男の子はまた、クラスのみんなに言いました。

「ぼくに、なわを回させてもらえない?」


縄をまわしたことなんてない男の子。それも、勇気のいるひとことでした。でも、やってみなければわからないと思ったのです。


クラスのみんなも、男の子の真剣な気持ちにこたえようとしてくれていました。


男の子は、反対側で回すクラスメイトにひとことなにかを言いました。そしてなわをもって、深呼吸をしました。


「よし。せーのっ」


イーチ、ニーイ、サーン……。

男の子は、自分のまわすなわの音を聞きました。

タン、タン、タン。


男の子は、よし、と思いました。

みんなが自分の前で、自分のまわすなわをリズムよくとんでいきます。


ロクジュイチ、ロクジュニ、ロクジュサン……。

全員で、れんぞくでとんだ数を数えました。


「すごい! いけるぞ!」

男の子は、顔をかがやかせました。それは、クラスのみんなもでした。

流れは、とぎれません。


キュウジュナナ、キュウジュハチ、キュウジュキュ……。



「ヒャク!」



全員の声がそろったと同時に、「ピーッ」と笛がなりました。


「やったあ、新記録!」


「こんなに続いたの、はじめて!」


男の子も、クラスのみんなも、よろこんでいました。あれだけとんでいたというのに、まだとびはねています。


─なわをもう少しみじかく持って、たるまないようにしよう。

ひざをつかって縦に大きく回して。


それが、はじめる前、男の子がなわを持つ友だちに言った言葉でした。


「すごいよ! いつもよりとびやすかった! どうして?」


クラスメイトが、男の子にかけよって言いました。


「うん、あのね……」


男の子は、クラスの役に立てることを見つけました。



白鳥のように、仲間のことを思う気持ちが、そうさせたのです。
久しぶりに、図書室とは違う場所にいる夢を見た。

僕がいたのは、かおるくんといつも一緒に絵を描いている近所の公園だった。

たくさんの落ち葉が足元にあったので、季節は秋のようだ。


そこで僕はまた、あのノートを持っていた。けれど表紙には今までなかった【だれかの】という言葉が書かれていた。


いつの間に書き足したんだろう。

自分の名前を書いたらばれてしまうから、【だれかの】なんて書いたのだろうか。

僕は、ベンチに座って誰かを待っているようだった。秋の日差しが暖かい。
 
公園にやってきたのは、この夢を初めて見たときに出てきた転校生だった。

彼女は僕を見つけると、控えめに手を振ってくる。


僕も同じように振り返した。


白いワンピースを着ているその子は、公園を見渡してから僕に駆け寄る。

そして隣にちょこんと腰かけた。

その姿は、絵本に出てくる女の子と同じだと思った。


主人公に自分を重ねていたから、そう感じたのだろうか。



僕は女の子に促されると、持っているノートを彼女に見せた。