週末、部活では予選の二試合目があったけど、僕はスタメンになるどころか、交代で試合に出ることすらできなかった。
悔しかったけど、今は森下さんに必要とされているから、となんとか自尊心を保っている自分がいた。
僕は、いつも月曜日に絵を描いたノートを渡していた。
彼女はそれを一度持ち帰り、 家で続きを書いて火曜日に持ってきて僕に渡す。
渡すのはいつも僕が朝練を終えたあとだ。
教室に人はたくさんいるが、僕らの席は 一番後ろの隣同士なので目立つことなくノートの受け渡しができた。
今日は月曜日。
彼女に絵を渡すべくノートを鞄に入れて学校に向かう。
朝練があるため僕はいつも早く家を出るのだが、登校途中で、ひとつ問題があることに気付いた。
そういえば、先週の金曜日に席替えをしたのだった。
僕は運悪く中央の列の一番前 で、彼女はその列の一番後ろ。隣だったからこそできた自然なやり取りが、できなくなってしまった。
どうしよう、いつ渡そうと不安に思いながら登校し教室に入ると、
すぐにその不安は解消されることになった。
「おはよう、日比野くん」
静かな教室に、森下さんがひとりで座っていた。
「おはよう、森下さん。早いね」
僕は驚きながら、目だけで時計と彼女を交互に見る。
「席、隣じゃなくなっちゃったから」
彼女はいたずらっぽく笑って、僕の席を指さした。
「僕もそれで、どうしようって思ってたんだ。ありがとう
「こちらこそ。いつもありがとう」
このために、早く来てくれたんだ。
僕は彼女の気遣いを嬉しく思いながら、ノートを手渡した。
彼女はありがとう、と言ってそれを丁寧に両手で受け取り、早速絵を眺めた。
このやり取りは何回か繰り返したが、未だに緊張する。
僕は彼女がそれを見ている 間、決まって下を向いていた。
恥ずかしいし、彼女の反応が気になってしまうから。
そして彼女もいつもと同じように顔を上げて「ふふっ」と笑ってこう言う。
「ありがとう。今回もすっごく素敵な絵だよ」
言うことはいつも同じだけれど、一回一回にすごく気持ちが込められているのがわかって、なんだかむずがゆい。
そのひとことに、僕は毎回一喜一憂、もとい〝一喜一喜〞していた。
この時間に彼女といるのは新鮮だった。
隣だったときも大して多く会話をしていな かったのに、朝練が始まる時間まで、僕らはいつも以上に話をした。
多くは、物語の内容のことだ。
このとき僕は、勇気を出して初めて『主人公が自分に似ていると思う』と話した。
こんなことを言うのは恥ずかしかったが、森下さんなら受け止めてくれると思ったのだ。
彼女は、特に驚きもしないという様子だったが、少し嬉しそうにも見えた。
僕は、やっぱり言ってよかったと思った。
「物語の主人公と自分が重なって見えることって、あるよね」
そう言って森下さんは目を細める。
「私もね、小さい頃両親にたくさん絵本を読んでもらったんだけど、日比野くんみたいに感じることが結構あって。
自分の今の悩みと、主人公がぶつかってる壁が同じに 見えるって感じだった。そんなとき、主人公が壁を乗り越える姿を見てヒントをも らっていた気がするんだ」
それを聞いて僕は、すぐにこう答えた。
「それはもしかして、君のお父さんとお母さんが、そのとき君が抱えていた悩みに合わせて絵本を選んでくれていたのかもしれないね」
君、なんて呼び方をするのは初めてで、絵本の中の男の子に影響されているな、と こっそり思った。
彼女は、「そうかもね」と言って、また「ふふっ」と笑った。
その笑顔を見て僕は、なんだか温かい気持ちになった。
彼女が自分に笑いかけてくれるのが嬉しかったから。
悔しかったけど、今は森下さんに必要とされているから、となんとか自尊心を保っている自分がいた。
僕は、いつも月曜日に絵を描いたノートを渡していた。
彼女はそれを一度持ち帰り、 家で続きを書いて火曜日に持ってきて僕に渡す。
渡すのはいつも僕が朝練を終えたあとだ。
教室に人はたくさんいるが、僕らの席は 一番後ろの隣同士なので目立つことなくノートの受け渡しができた。
今日は月曜日。
彼女に絵を渡すべくノートを鞄に入れて学校に向かう。
朝練があるため僕はいつも早く家を出るのだが、登校途中で、ひとつ問題があることに気付いた。
そういえば、先週の金曜日に席替えをしたのだった。
僕は運悪く中央の列の一番前 で、彼女はその列の一番後ろ。隣だったからこそできた自然なやり取りが、できなくなってしまった。
どうしよう、いつ渡そうと不安に思いながら登校し教室に入ると、
すぐにその不安は解消されることになった。
「おはよう、日比野くん」
静かな教室に、森下さんがひとりで座っていた。
「おはよう、森下さん。早いね」
僕は驚きながら、目だけで時計と彼女を交互に見る。
「席、隣じゃなくなっちゃったから」
彼女はいたずらっぽく笑って、僕の席を指さした。
「僕もそれで、どうしようって思ってたんだ。ありがとう
「こちらこそ。いつもありがとう」
このために、早く来てくれたんだ。
僕は彼女の気遣いを嬉しく思いながら、ノートを手渡した。
彼女はありがとう、と言ってそれを丁寧に両手で受け取り、早速絵を眺めた。
このやり取りは何回か繰り返したが、未だに緊張する。
僕は彼女がそれを見ている 間、決まって下を向いていた。
恥ずかしいし、彼女の反応が気になってしまうから。
そして彼女もいつもと同じように顔を上げて「ふふっ」と笑ってこう言う。
「ありがとう。今回もすっごく素敵な絵だよ」
言うことはいつも同じだけれど、一回一回にすごく気持ちが込められているのがわかって、なんだかむずがゆい。
そのひとことに、僕は毎回一喜一憂、もとい〝一喜一喜〞していた。
この時間に彼女といるのは新鮮だった。
隣だったときも大して多く会話をしていな かったのに、朝練が始まる時間まで、僕らはいつも以上に話をした。
多くは、物語の内容のことだ。
このとき僕は、勇気を出して初めて『主人公が自分に似ていると思う』と話した。
こんなことを言うのは恥ずかしかったが、森下さんなら受け止めてくれると思ったのだ。
彼女は、特に驚きもしないという様子だったが、少し嬉しそうにも見えた。
僕は、やっぱり言ってよかったと思った。
「物語の主人公と自分が重なって見えることって、あるよね」
そう言って森下さんは目を細める。
「私もね、小さい頃両親にたくさん絵本を読んでもらったんだけど、日比野くんみたいに感じることが結構あって。
自分の今の悩みと、主人公がぶつかってる壁が同じに 見えるって感じだった。そんなとき、主人公が壁を乗り越える姿を見てヒントをも らっていた気がするんだ」
それを聞いて僕は、すぐにこう答えた。
「それはもしかして、君のお父さんとお母さんが、そのとき君が抱えていた悩みに合わせて絵本を選んでくれていたのかもしれないね」
君、なんて呼び方をするのは初めてで、絵本の中の男の子に影響されているな、と こっそり思った。
彼女は、「そうかもね」と言って、また「ふふっ」と笑った。
その笑顔を見て僕は、なんだか温かい気持ちになった。
彼女が自分に笑いかけてくれるのが嬉しかったから。