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「———せ、春瀬!」
どこか遠い意識の中で名前を呼ばれたような気がして、暗闇に一筋の光がさすようにうっすらと目を開ける。怠い体が細い手によってブンブンと揺らされていて、まだハッキリしていないぼんやりとした景色を回らない頭でなんとか理解しようとするのだけれど、どうもうまくいかない。
「春瀬ってば! 起きて! もう3時だよ?」
3時、という言葉に驚いて、自分でも驚くくらい勢いよく起き上がる。蒸し暑い小屋の中、薄汚いソファの上。だるい体、疲労した足。重い瞼、汗をかいた全身。意識が一気にハッキリしたおかげで、今日半日何をしていたのかまざまざと思い出した。僕の体をゆすっていたのは隣にいる橘のようだ。
「ごめ……寝てた、」
「ううん、私も寝ちゃってた。さっき起きたとこなの。時計見て驚いちゃって」
座ったまま眠っていたなんてどれだけ疲れていたのだろう。部活もやっていなければ体育の授業にも出ていない僕にとって、自転車の二人乗りで町中を回るのは相当体にきているのかもしれない。
長い前髪を右手で整える。寝ている間に横へ流れていないか不安だったからだ。
「一時間半くらい、か。寝てたの……」
「そうだね。座ってるうちに眠くなっちゃった」
「時間無駄にしたかもな」
「うーん、そうかもしれないけど……まあ、しょうがないよ。眠気には勝てないし」
困ったように肩をすくめた橘は、そのまま両腕を前に伸ばして伸びをする。僕も首をまわしながら立ち上がって、一時間前よりも随分と軽くなった足をのばした。