「今夜、空いてますか?」
「忙しいです」
イラっとした顔で修理中のエレベーターの看板を見ている。
「何時に終わる?待つけど」
珍しく折れない僕に、木之内さんは唇を噛む。
「ずっと待ってる。何が食べたい?お店予約しておくよ」
優しく声をかけたら
「……メキシコ料理」小さく声を返してくれた。
「うん。わかった」
僕はホッとして答えると、木之内さんは反対側にあるエレベーターを目指して行ってしまった。
頬を赤くしたまま。
よし。とりあえずよし。
でもメキシコ料理?
店なんてほとんど知らないのに。
どうしよう。詳しい子に教えてもらおうか。中岡なら知ってるはず。
頭を悩ませていると
僕の目の前にパタパタパタって風のように水色の作業服が現れ、【修理中】の看板を撤収。
「よくやりました」
噛みしめるようにしみじみと、スズメは上から目線で僕に言う。
その【修理中】もお前の仕業か?
木之内さんを足止めさせるワザなの?
崩れそうな僕。
そんな僕にスズメは一枚の折りたたんだ紙を胸ポケットから出し、僕の手に強く握らせた。
「今夜、スズメは先に寝ております。ご主人様は帰って来なくて大丈夫です。いい卵を仕込んで下さい」
そしてまた風のように去って行く。