「ちょっと、大丈夫なの?私部外者だし……」

「大丈夫。こっちの建物あんまり人こないし、今皆授業中だし」



ここの学生ではない私が建物に勝手に入るなんて、まるで、というか確実に不法進入だ。

ばれたらどうしよう、と心臓が嫌なドキドキを感じてしまう。

けれど新太はなんてことない顔で、むしろ堂々と私を連れたまま普通に廊下を歩く。



「深津先生ってね、いい先生なんだよ。授業も面白いし分かりやすいし、先生としても親身になってくれるいい人でさ」

「……へぇ」



いい先生……か。

職場での話なんて、初めて聞いた。



家でのお父さんの印象は、朝早く出て、夜遅く帰ってきて、特に会話もしない、空気のような人。

休日も疲れているからと一日寝ていたり、かと思えば仕事が残っていると家を出たり。



……そんな仕事人間な人だからこそ、自分の子供の話は聞かないけど、生徒の話は親身になって聞くってことか。

いい先生がいい父親とイコールでつながるわけではないのだと、しみじみ思う。



すると新太は、ひとつの部屋の前で足を止めた。

『資料室B』と書かれた部屋のドアを新太がガチャッと開けると、室内にはその名の通り沢山の資料や教材が置かれている。



「ここは……?」

「深津先生が普段準備室として使ってる部屋。そこのデスクに確か……あった」



新太が指さす方向へ視線を留めると、そこにはパソコンや書類、テキストや本であふれた、お世辞にも整っているとは言えないデスクがあった。

よく見ればその端には、写真たてがひとつ置かれている。



そこに飾られている写真は、今より若いお父さんとお母さん……そして、当時5歳くらいであろう私の3人が、水着姿で仲良く笑っている、海辺で撮った写真だった。