望んでる、こと。



その言葉から思い浮かぶ願いが、本当にまったくないわけじゃない。

だけど、知らない人に言うようなことでもないだろうと、言葉に出すことを拒む。



「……どうせ、言ったところで叶えられないし」

「それはわからないじゃん?俺、大体のことならしてあげられる自信あるよ」



大体のことならって……どこからそんな自信が湧くのか。

彼は誇らしげに口角を上げてニッと笑ってみせる。



そんなの、無理に決まってる。

見ず知らずの人にいきなりこんなこと言ったら、絶対引かれるし、おかしいと思われる。

そう分かり切っているのに、どうしてか私は口をひらいた。



「……じゃあ、連れ出して」

「え?」

「私を、この世界から連れ出してよ」



望みが叶うのなら、連れ出してほしい。

この息苦しい、真っ暗な世界から、ラクになれる世界に。

自分の足ではいけなかったから。それならいっそ、誰かに連れて行ってもらいたい。



目を見て言い切った私に、きれいな茶色の瞳をした彼は引くでも呆れるでもなく、笑みを見せたまましっかりと頷く。



「わかった。いいよ、ついておいで」

「え……?」



そして私の腕を掴んだまま、引っ張るように歩き出した。



「って、待って。本気?本当に出来るの?」

「うん、もちろん。それともやっぱりやめておく?家帰る?」



『家』、そのひと言に思い出すのは先ほどまでの息苦しい自宅の空気。



「……ううん、帰らない」



首を横に振って否定すると、答えを分かり切っていたかのようにその横顔は笑ってみせた。