なるほど、あいつが噂の転校生か。
〝ワケあり〟と言った根岸の予想は、当たっているようだ。
目元は見えないけれど常に頭や手足を動かしていて明らかに挙動不審だった。緊張しているのだろうか。
「は、はじめまし、て……か、と、遠山(とうやま)、観月、です」
若松が自己紹介を促すと、おどおどとした様子で名前を告げてぺこり、と頭を下げた。声はとても小さかった。
一番後ろの席まで俯きがちにおどおどとした足取りで向かうのを、クラスメイトが無言で見守る。
転校生は居心地悪そうに、誰にも挨拶することなく椅子に腰を下ろした。隣の席に座る益美は、興味津々の様子でちらちらと転校生を見つめている。今すぐにでも話しかけたいのを我慢しているのだろう。益美らしい。
担任が出て行くと、思ったとおり益美はすぐに転入生に声をかけていた。
「どこからきたの?」
「どうして転入してきたの?」
「前髪切らないの?」
それに対して転入生の遠山は「あ、あの、その」としどろもどろに答えている。ただ益美の質問の速度と転入生が答える速度が全く違うために会話はほとんど噛み合っていなかった。
「なーんか、暗い奴がきたなあ」
「そうだな」
斜め前の席に座っている根岸が、机に肘をついて後ろを振り返りながら声をかける。
「まあ、どうでもいいや。じゃあな」
「え? もう帰んのかお前」
帰り支度をして声を上げると、根岸が驚いた顔で見上げてきた。
「バイトだよ、バイト」
「お前本当に過労死でもすんじゃねえの?」
「そのくらいでするかよ。寝ずに働いているわけじゃあるまいし」
「蓮ならいつかやりそうなんだよ」
「……心配しすぎだ」
いつも軽口ばかりの根岸が、ほんの少し憐れむような優しい口調になった。
確かに金に困っていたら死にものぐるいで働いて死んでしまうかもしれない。けれど、それは今じゃない。今自分の手元にはそこそこの金がある。このまま安定した収入を得られるのならば、昼夜問わず働く、なんてことをする必要はない。
夢があり、それが一年半後に叶うのがわかっている今死んでたまるか。
「じゃあな」と最後にもう一度根岸に声をかけて教室を出て行こうとすると、背後から益美の「あ、蓮バイバイー! また今度出かけようね」という明るい声が聞こえてきた。
振り返り「おー」と返事をすると、益美の奥にいた転入生の姿が視界に入った。
ちろりとこっちに視線を向けている、ような気がした。
長い前髪が邪魔してはっきりと目が合ったわけではないのだけれど。
変な奴。そんな独り言を心の中で呟いて教室をあとにした。
〝ワケあり〟と言った根岸の予想は、当たっているようだ。
目元は見えないけれど常に頭や手足を動かしていて明らかに挙動不審だった。緊張しているのだろうか。
「は、はじめまし、て……か、と、遠山(とうやま)、観月、です」
若松が自己紹介を促すと、おどおどとした様子で名前を告げてぺこり、と頭を下げた。声はとても小さかった。
一番後ろの席まで俯きがちにおどおどとした足取りで向かうのを、クラスメイトが無言で見守る。
転校生は居心地悪そうに、誰にも挨拶することなく椅子に腰を下ろした。隣の席に座る益美は、興味津々の様子でちらちらと転校生を見つめている。今すぐにでも話しかけたいのを我慢しているのだろう。益美らしい。
担任が出て行くと、思ったとおり益美はすぐに転入生に声をかけていた。
「どこからきたの?」
「どうして転入してきたの?」
「前髪切らないの?」
それに対して転入生の遠山は「あ、あの、その」としどろもどろに答えている。ただ益美の質問の速度と転入生が答える速度が全く違うために会話はほとんど噛み合っていなかった。
「なーんか、暗い奴がきたなあ」
「そうだな」
斜め前の席に座っている根岸が、机に肘をついて後ろを振り返りながら声をかける。
「まあ、どうでもいいや。じゃあな」
「え? もう帰んのかお前」
帰り支度をして声を上げると、根岸が驚いた顔で見上げてきた。
「バイトだよ、バイト」
「お前本当に過労死でもすんじゃねえの?」
「そのくらいでするかよ。寝ずに働いているわけじゃあるまいし」
「蓮ならいつかやりそうなんだよ」
「……心配しすぎだ」
いつも軽口ばかりの根岸が、ほんの少し憐れむような優しい口調になった。
確かに金に困っていたら死にものぐるいで働いて死んでしまうかもしれない。けれど、それは今じゃない。今自分の手元にはそこそこの金がある。このまま安定した収入を得られるのならば、昼夜問わず働く、なんてことをする必要はない。
夢があり、それが一年半後に叶うのがわかっている今死んでたまるか。
「じゃあな」と最後にもう一度根岸に声をかけて教室を出て行こうとすると、背後から益美の「あ、蓮バイバイー! また今度出かけようね」という明るい声が聞こえてきた。
振り返り「おー」と返事をすると、益美の奥にいた転入生の姿が視界に入った。
ちろりとこっちに視線を向けている、ような気がした。
長い前髪が邪魔してはっきりと目が合ったわけではないのだけれど。
変な奴。そんな独り言を心の中で呟いて教室をあとにした。