馬鹿。わたしも昔から何度となく言われてきた言葉。でも河野が自分で自分に言う『馬鹿』はわたしが何千回と投げつけられた『馬鹿』とは意味が違う。

それでいてそこには自虐的な響きがなく、どうしようもないことを観念して受け入れているような気がした。何かを諦めたり受け入れたりするのは、中学二年生にはなかなか難しい。でも『馬鹿』の河野はわたしと同じ中学二年生で、その難しいことをあっさりとやってのけている。いや、やらずにはいられなかったんだ、きっと。

「文乃さんとか、普通の人には、わからないですよね。こういう気持ちは」

「……そうかもね」

「だから、僕は、嬉しいんです。僕がちょっと痛いのとか苦しいのとかを我慢すれば、文乃さんは喜んでくれる。最初は嫌だったけれど、そのことに気づいてから、ここに来るのがあんまり嫌じゃなくなったんです」

 嘘のない河野の瞳に、笑顔に、言葉に、自分勝手な怒りが湧いてくる。

 河野は馬鹿じゃなかった。学校中から見下され蔑まされいじめられて、それでもヘラヘラ笑ってるなんて思い違いだった。河野はちゃんと、人間だった。誰かに喜んでほしいとか誰かの役に立ちたいとか、普通の気持ちを当たり前に持っていた。

 だけど河野のその願いが、こんな形でしか叶えられないなんて。脅されてこんな寒い日に身ぐるみ剥がされて変質者の格好でブリッジさせられて、それでわたしに喜んでもらえたって笑ってるなんて。河野自身にじゃない、河野の願いがこんな形でしか叶えられない現実に、世界をそんなふうに歪めた何かとてつもなく大きなものに、わたしは怒っていた。河野にこんなことを言わせているのがまぎれもなくこのわたしであるにも関わらず。

「それは、違うよ」

 怒りに任せてそう言っていた。河野がえ、と目を見開く。