悩む受付嬢の手は、またキーボードの上をふらふらとさまよっていた。

 それを見て莉央は、声を抑え、内緒話をするように彼女に顔を近づける。


「妻が来たと」
「え……?」
「妻が来たと言ってください」


 柔らかな微笑みで、莉央は受付嬢をじっと見つめた。




 シブヤデジタルビルの最上階を含む十五階から二十階が、タカミネコミュニケーションズの本社フロアだ。

 タカミネコミュニケーションズはインターネットの広告事業からSNSサイトの構築、ソーシャルゲームやアプリの開発で売上高一千億円越え、純利益は五十億を超える、インターネット事業を主にする企業である。

 最上階は社長室であり、半面は総ガラス張りで東京の繁栄を眼下に見下ろすことができる贅沢な作りになっている。

 そしてその部屋の住人である若き社長は、気だるげにチェアーに頬杖をつき、膝の上に乗せたタブレットでメールをチェックしていた。

 そのほとんどが会食の知らせで、憂鬱なため息が止まらない。