あの人とは高嶺のことだろう。
 だがいい子になれないというのは一体なんなのだ。

 戸惑いながらも設楽は莉央を落ち着かせようとした。


「莉央はいつでもいい子でしょう。私はもっと怒ったり不平不満を口に出していいと思ってますよ?」
「……っ、違い、ます!」


 莉央は設楽の言葉に首を振り、唇をかみしめる。


「私っ、ささいなことで、ヤキモチやいて、好きなのに、素直になれなくて、ほんとう、あの人を困らせてばかりなんです! こんなの間違ってる、ちゃんとしなきゃって思うのに、自分の心が、思い通りにならないんですっ! 好きなのに、嫌われたくないのに、いろんなこと考えて、空回りして、こんなんじゃ嫌われちゃう……!……ううっ、ヒックッ……」
「莉央……」


 彼女がうちに秘めた激情家であることは知っている。
 芸術で身を立てようとする人間には、多かれ少なかれこういうところがあって当然なのだ。

 だが設楽の知っている、どこか世間を達観したような目で見ていた悲しげな莉央はそこにはいなかった。

 悔しいが、こんな姿を知っているのは高嶺だけなのだろう。