根っからのお嬢様さま育ちの母が自活すると言う。もちろん羽澄の一族を含め、結城家に恩義を感じて母を助けてくれる人がいるからこそ、今回の離婚に踏み切れたのだが、不安もあった。

(私が落ち着いたら、お母さんを呼び寄せよう。ううん、呼び寄せられるように頑張らなくっちゃ……。)

 そうだ、疲れてはいられない。

 莉央はすっくと立ち上がり、ゆったりとしたワンピースに着替えると、手荷物の中から、スケッチブックと鉛筆を取り出し、部屋の隅に飾ってあった花瓶の百合をテーブルの上に運んだ。

 日課の写生である。

 写生で大事なことは観察すること。
 まずモチーフの位置と向き、視点を考え、花全体の大きな形を描いてから、細かい部分をさらに描き込んでいく。

(描いているときは全てを忘れられる。辛いことも寂しいことからも自由になれる……。)

 自分への慰めに日本画を習い始めてから十年。気がつけば莉央は日本画の魅力にのめり込んでいた。

 しばらく無心に鉛筆を走らせて、何枚も描いていた。ふと気がつけばそろそろ午後六時である。