いつもより少し遅い時間になってしまった。
高嶺はタクシーを降りて、マンションを見上げる。
こうやって見上げたところで部屋に明かりがついているかどうかなんてわからないのだが、それでもあの部屋に莉央がいると思うと胸が弾んだ。
天宮には、また死ぬほど笑われるに違いないが、幸せとはこういうことなのだと、三十五年生きてきて、初めて実感していた。
エントランスに入ると同時に、珍しくコンシェルジェが駆け寄ってきた。
「あの、高嶺様。私がこういうことをお伝えするのは間違っているのかもしれませんが……奥様が、一時間ほど前に、出て行かれました」
「なに?」
「ご不在中に受け取ったお花をお渡しした時から少しご様子がおかしくて、気にはなったのですが」
「……わかった」