「そんなことはないです。ただ、何から何まで、先生にお世話になりっぱなしで……」
「いいのです。実際私は、一日でも早く、莉央を一人前にしたいと思っているのです。正直に言えば焦っているのでしょうね」


 彼はどこか悲しげにくすりと笑い、それから莉央の頰に手を伸ばした。


「莉央、あなたの前では私もただの男になってしまう。私は根っからの絵描きだと思っていたから、そういう自分に腹が立つと同時に、面白くもある」
「面白い?」
「ええ。あなたに少年のように憧れている自分が。この気持ちを抱いたまま、思うように描いてみたいと思います」


 ただの男と言いながら、やはり設楽は絵描きなのだ。
 息をするように筆をとり、望みは良い画を描くこと。